俳優として活躍する伊藤英明さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、伊藤英明さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

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伊藤英明のデビューのきっかけや時期は?

伊藤英明さんは1993年、18歳の時に第6回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」準グランプリを受賞します。翌年、岐阜から上京し、田中裕子さんと共演したサントリー・オールドのCMでデビューを果たします。しかし、デビューしてすぐ約2年間の活動休止をし、本格的な俳優活動は1997年のドラマ「デッサン」の出演からスタートしました。

ジュノンボーイコンテストに出場していたんだね!
伊藤英明の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

伊藤英明さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
伊藤英明さんは1975年8月3日に長崎県で生まれ、岐阜県岐阜市で育ちます。幼稚園の頃、急性腎炎と診断され小学校入学後も入退院を繰り返す日々が続いていたそうです。小学校は半分も通えず、子供ながらに食事制限をされたといいますが、小学6年生の頃病気が完治。一時は死を覚悟するほどの経験をしたからこそ今、楽しまないとという意識が強く「中学時代は一気にハジけた」と語っています。
病気と闘っていた幼少期の経験から、自分は生かされているという思いを強く持ったという伊藤さん。俳優活動の原動力にもなっているのかもしれません。
腎臓を悪くし、小学校は半分も通えず、子供ながらに塩分の摂取を制限されたり、お菓子を食べることもできなかったというが「『元気になったらこういうことをしたい』とか思っていて、(病気が治った)中学から一気にハジけました。いろんなことができるこの仕事が向いていると思います」と満足そうにうなずく。
引用元:シネマカフェ

病との闘いが伊藤さんを強くしたのかもしれないね!
10代

伊藤英明さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1991年(16歳):岐阜県立岐南工業高等学校電気工学科に進学
- 1993年(18歳):第6回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」準グランプリを受賞
- 1994年(19歳):「サントリー・オールド」のCMでデビュー
1991年、岐阜県立岐南工業高等学校電気工学科に進学します。高校時代は勉強をせず、大人を出し抜くことばかり考えていたという伊藤さん。高校を辞めたいと言ったこともあるそうですが、担任の教師から「電気が嫌いだってわかっただけでもよかったじゃないか。両親が望んでいるのだから、頑張って卒業しろ」といわれなんとか卒業できたといいます。
1993年、18歳の時に国民的ボーイズコンテストである「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に出場し、準グランプリを受賞します。この年のグランプリは柏原崇さん、審査員特別賞は加藤晴彦さんらが受賞しています。コンテストへは友人が応募したのだとか。当時から、周囲も認める存在感があったのかもしれませんね。
1994年、岐阜から上京し、「サントリー・オールド」のCMでデビューを果たします。CMでは田中裕子さんと共演。田中さんと言葉少なに会話を交わす青年を演じました。
ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでの受賞を機に芸能活動を始めた伊藤さん。しかし当初は俳優になりたかったわけでもなく、出場に迷いもあったといいます。

華々しいデビューの裏には色々な葛藤があったんだね!
伊藤英明さんファンに聞いた、伊藤英明さんの10代で印象に残っている出来事


ダウンタウンの松本人志さんに憧れていたという話を聞いて意外でしたね。やっぱり松本さんはカリスマなのですごく気持ちはわかります。(30代男性)

10代の頃にジュノンスーパーボーイコンテストで準グランプリを受賞していて、やはりなるべくして芸能界に入ったんだなと思った。(40代女性)

第6回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」準グランプリを受賞したことです。この頃からカッコよかったんだな~と印象に残りました。(50代男性)
20代

伊藤英明さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1995年(20歳):芸能活動休止
- 1997年(22歳):ドラマ「デッサン」で芸能活動を再開
- 2000年(25歳):映画「ブリスター!」で映画初主演
1995年、デビューして間もなく芸能活動を休止します。最初に入ったタレント事務所では方言を直されたり、キャラクターをつくられていくことに窮屈さを感じ、気づけば10キロも痩せていたそうです。事務所を辞め、解体現場などで肉体労働のアルバイトを約2年間続けたといいます。
東京に出てきて、まず方言の直しから始まりました。キャラクターはつくられ、髪も切られ、変な服も着せられた。どんどん自分とはかけ離れていくし窮屈になって、気付いたら10キロぐらいやせてました。自分が自分でなくなるのが、気持ち悪くて仕方がなかった。
引用元:日刊スポーツ
1997年、ドラマ「デッサン」の出演を機に芸能活動を再開します。本作では、原田知世さん演じる主人公の元婚約者・葛木雅人を演じました。俳優として再始動するにあたり、新たな事務所に所属した伊藤さん。活動休止中に事務所の社長から、焼肉屋で声をかけられたことがきっかけだったといいます。
2000年、映画「ブリスター!」で映画初主演を果たします。本作はコレクター、オタク、サブカルチャーの世界に生きる若者達のこだわりと葛藤を描いた作品で、伊藤さんは主人公・ユウジを演じ、高崎映画祭新人賞を受賞しています。
約2年間の活動休止期間を経て芸能活動を再開した20代の伊藤さん。初主演の映画で新人賞を受賞するなど、俳優として頭角を現していきます。

ガテン系のアルバイトをしていたのは意外だった!
伊藤英明さんファンに聞いた、伊藤英明さんの20代で印象に残っている出来事


踊る大捜査線のスペシャルでのイケメン具合は本当に素晴らしいですね。見ていてすごく胸がワクワクしてくるような演技でうまかったです。(30代男性)

私が1番印象に乗っているのが海猿の映画で、この作品がとても好きで何回も観ている。はまり役だと思った。(40代女性)

ドラマ『YASHA-夜叉-』に出演したことです。これがテレビドラマの初出演となりますし、伊藤さんのメジャーデビュー的な作品なので印象に残りました。(50代男性)
30代

伊藤英明さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2006年(31歳):映画「LIMIT OF LOVE 海猿」で主演を務める
- 2006年(31歳):第49回ザテレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞を受賞
- 2012年(37歳):映画「悪の教典」で主演を務める
2006年、映画「LIMIT OF LOVE 海猿」で主演を務めます。ドラマでも人気のあった「海猿」の映画化は多くの評判を集め、この年の邦画実写映画・興行成績第1位となりました。同映画では、2010年公開の「THE LAST MESSAGE 海猿」、2012年公開の「BRAVE HEARTS 海猿」においても、邦画実写映画・興行成績第1位を記録しています。
同年、豊川悦司さんとダブル主演のドラマ「弁護士のくず」の演技によって、第49回ザテレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞を受賞します。伊藤さんは生真面目で熱血漢の新人弁護士・武田真実を演じました。撮影前には、主演の二人が実際に裁判所を見学したそうで、裁判所で見学した実際の事件について、伊藤さんが本気で怒っていたと番組プロデューサーが語っています。役柄と同じく、伊藤さんの正義感の強さを感じるエピソードですね。
2012年、映画「悪の教典」で主演を務めます。本作はサイコキラーという裏の顔を持つ教師が引き起こす事件を描いたサイコ・ホラーで、伊藤さんは本作で初めて、サイコパスの大量殺人犯という本格的な悪役に挑戦しました。
30代では演技でもさらに評価を集め、「海猿」という代表作との出会いもありました。「海猿」では、広島県呉市で約2ヵ月間の合宿生活を送り、海上保安官が実際に行う訓練も体験したそうです。

役作りへの真剣さが伝わるね!
伊藤英明さんファンに聞いた、伊藤英明さんの30代で印象に残っている出来事


海猿での芝居が本当に好きですね。やっぱり彼の代表作はこれしかありません。絶対に名作ですので一見の価値ありです。(30代男性)

30代も、やはり海猿の印象が強い。あとはご結婚されたことが印象に残っている。大好きな俳優さんなので嬉しかった。(40代女性)

主演映画『LIMIT OF LOVE 海猿』に出演したことです。伊藤さんのタフさがこの作品にはぴったりでした。また邦画実写映画・興行成績第1位ともなりましたし、印象に残っています。(50代男性)
40代

伊藤英明さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2015年(40歳):第38回日本アカデミー賞優秀助演男優賞・第69回毎日映画コンクール男優助演賞受賞
- 2017年(42歳):映画「22年目の告白 -私が殺人犯です-」で主演を務める
- 2022年(47歳):映画「KAPPEI」で主演を務める
2015年、映画「WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜」に出演。第38回日本アカデミー賞優秀助演男優賞及び第69回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞します。伊藤さんは、主人公の青年の面倒を見る林業界のエース・飯田ヨキを演じました。林業に携わる役柄ということもあり、チェーンソーの扱いなどの練習をして演技に臨んだといいます。
2017年、映画「22年目の告白 -私が殺人犯です-」で藤原竜也さんとW主演を務めます。本作は2012年の韓国映画「殺人の告白」を原作にリメイクしたスリラー映画で、伊藤さんは連続絞殺事件の担当刑事・牧村航を演じました。
2022年、映画「KAPPEI」で主演を務めます。「KAPPEI」は若杉公徳氏による日本のギャグ漫画で、伊藤さんは人類の救世主になるため無戒殺風拳の修行に人生の全てを費やしてきた終末の戦士である主人公・勝平を演じました。出演に当たり伊藤さんは「オファーをいただいた時は45にもなったおっさんがまた筋肉披露の仕事か、と正直ガッカリしていました(笑)」と語っています。
40代になり、さらに役の幅を広げ活躍していった伊藤さん。2019年にはインスタグラムも開設し、プライベートな姿も発信しています。

インスタグラムではその飾らない姿が話題になったことも!
伊藤英明さんファンに聞いた、伊藤英明さんの40代で印象に残っている出来事


テラフォーマーズでの芝居が本当に笑えました。これはギャグ映画として見たらめちゃくちゃ面白いと思うので必見です。(30代男性)

ご結婚されて、あまりテレビや映画でお見掛けしなくなってしまったと感じていましたが、お子様がうまれたと聞いてとても幸せな気持ちになった。(40代女性)

グランパパプロダクションを退所し、個人事務所ID4マネージメントを設立したことです。グランパパプロダクションには入って数年しか経過していないのに、色々トラブルがあったんだろうなと印象に残りました。(50代男性)
伊藤英明の若い頃の髪型はさわやかツーブロック

伊藤英明さんの若い頃の髪型といえば、さわやかなツーブロックのスタイルを思い出す方も多いのではないでしょうか。
端正な顔立ちに、すっきりとしたツーブロックがとてもよく似合っていますね!
伊藤さんが10代だった90年代には、「吉田栄作カット」としても人気があったツーブロックの髪型をしている男性が多くいました。センター分けのサラサラヘア、サイドと襟足が短くなっているのが特徴で福山雅治さんなども当時この髪型をしていました。伊藤さんも流行を意識して、ツーブロックスタイルを選んでいたのかもしれませんね。

当時から変わらないイケメンぶりだね!
まとめ

今回は、伊藤英明さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。