千秋の若い頃は?昔の髪型はロングヘアーだった!

タレントや歌手、声優として活躍する千秋さん。

若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。

さっそく、千秋さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

目次

千秋のデビューのきっかけや時期は?

デビューのきっかけや時期

千秋さんの芸能界デビューのきっかけや時期は、1991年にフジテレビのオーディション番組『ゴールドラッシュ!』で優勝したことでした。当時19歳だった千秋さんは、就職活動用の履歴書に写真を貼り『絶対歌手になりたい』と追記しただけの簡素な応募で一次審査を通過し、最終的に初代グランドチャンピオンに選ばれました。

就職活動で余った履歴書に写真だけ貼り替えて、最後に『絶対歌手になりたいです!』と意気込みだけ追記して発送しました。フジテレビのひと、これで一次審査を通してくれたの勇気ある」とつづった。千秋は91年10月に、フジテレビのオーディション番組「ゴールドラッシュ」の初代グランドチャンピオンになり、芸能界入りを果たしている。

引用元:スポニチ

ねこ太郎

オーディションには5万人もの応募があったんだって!

母親が『50万円あげるからオーディションを辞退して』と説得した際も、千秋さんが『芸能人にならなければ』と強く主張していたなんて言うエピソードも!この強い志向が結果的に『ゴールドラッシュ!』優勝を実現させ、1992年に声優としてデビューするきっかけとなったようです。

千秋の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

千秋さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。

幼少期

千秋さんは、1971年10月26日に京都府舞鶴市で生まれました。

父親は日本板硝子(現AGC)の元社長・藤本勝司さん、母親は自宅で英語教室を経営しており、裕福な家庭で育ち、20万円のお年玉をもらったこともあるのだとか!

高学歴の両親のもとで厳格な教育を受けた千秋さんは、『普通に勉強すれば東大も行ける』という考え方で、漫画の読み過ぎを禁止され『ドラえもん』のみ許可を受けていたそうです。

ねこ太郎

3歳から中学卒業まで約12年間ピアノを習っていたんだって!

 番組では「幼少期に厳しく育てられた千秋が実践してよかったと思う千秋流の子育て術」として、「〈1〉簡単に物を買い与えない」「〈2〉注文は自分でさせる」「〈3〉かわいい、かっこいいと言ってあげる」と3つのポイントを紹介。

引用元:スポーツ報知

10代

千秋さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1987年(15歳):千葉県立千葉北高等学校に入学
  • 1990年(18歳):青葉学園短期大学に入学
  • 1991年(19歳):フジテレビのオーディション番組『ゴールドラッシュ!』で優勝し芸能界へ

1991年、当時19歳の就職活動中だった千秋さんは、短大卒業後の就職が決まっていた状況で、親の許可なくオーディションに応募しました。母親からは『50万円で棄権する』ように言われましたが、100万円の賞金目当てで最後まで進みました。

 母は大反対だったようで、千秋は「もう残り10人ってことは10分の1で100万円だから、宝くじよりも確率が高いから“最後まで行かせて”って言ったら、じゃあ“2位だったらなに貰えるの?”って言うから、“2位はゼロ円だよ”って言ったら、間髪入れずに“50万円あげるから、今すぐ棄権しなさい。それが1番賢い方法でしょ!フジテレビに電話して!”って言われた。それで、“お母さんは50万円で私の夢を買うのか”って大揉めして…」と当時を思い返していた。

引用元:スポニチ

小さい頃から『歌手になりたい!』と言っていた千秋さんでしたが、大人になってからは恥ずかしさから言えなくなっていたといいます。オーディションは『恥ずかしさを乗り越える機会』となったようです。

親に言わなかった理由については、「小さい時から歌手になりたいって言っていたけど、大人になったからもう言っていなかったのに、芸能界の夢を見ていたのが恥ずかしくて…」と説明。

引用元:スポニチ

ねこ太郎

小学校6年生の卒業アルバムに『芸能人になる』と書いていたそうだよ!

千秋さんファンに聞いた、千秋さんの10代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

青葉学園短期大学に入学したという話が印象深いです。彼女の家はかなりのお金持ちというのは聞いていたのでやっぱりお嬢様だったのでしょうね。(30代男性)

ネット上の人物

俳優の長谷川朝晴さんと同じ高校に通っていた。タレントさんと俳優さんという一見接点がなさそうな二人だから。(20代女性)

ネット上の人物

壮絶な反抗期でお父さんによく反発していたというエピソードが印象的です。お父さんがしっかりしていた人だからこそ、大変だったんだろうなとも思いました。(30代女性)

20代

千秋さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1992年(21歳):フジテレビ『ウゴウゴルーガ』準レギュラー出演、同番組『ノンタン』の声優を担当
  • 1995年(24歳):『ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!』からポケットビスケッツ結成
  • 1996年(25歳):『YELLOW YELLOW HAPPY』がミリオンセラー達成

1992年、千秋さんはフジテレビの子供向け番組『ウゴウゴルーガ』で準レギュラーで出演しました。

同番組内で放送されたアニメ『ノンタンといっしょ』は、キヨノサチコさんの絵本を原作としたミュージカル風のアニメで全265話が制作され、主人公のノンタンの声と主題歌を担当しました。

1995年、日本テレビのバラエティ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』から誕生した音楽ユニット『ポケットビスケッツ』が結成され、内村光良さん(TERU)、千秋さん(CHIAKI)、ウド鈴木さん(UDO)の3人組で構成されました。当初は番組内の女性ユニット『McKee』の添え物として扱われていましたが、後にメインユニットとして急成長していきました。

1996年に発売された『YELLOW YELLOW HAPPY』と1997年の『POWER』は100万枚以上の売上を記録し、特に『POWER』はオリコン週間チャート1位を獲得しました!

千秋さんはボーカルと作詞を担当し、番組内でグループ存続を一生懸命に訴える姿が視聴者に共感を呼び、人気を集めていきました。

その後、2000年に『ウリナリ!!』の企画終了により、ポケットビスケッツを卒業しました。

ねこ太郎

1998年には紅白歌合戦にも出場したよ!

千秋さんファンに聞いた、千秋さんの20代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

ウリナリでポケットビスケッツで大ブレイクを果たしたというのが印象的です。歌に伸びやかさがあって本当に好きでした。(30代男性)

ネット上の人物

「ポケットビスケッツ」が結成。ティックトックでタイミングが流行ったことで、再び注目を集めるようになったから。(20代女性)

ネット上の人物

ポケットビスケッツの結成とヒットが印象的でした。当時は私もテレビでよく見ていて、応援していたからです。(30代女性)

30代

千秋さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 2001年(30歳):ソロでの歌手活動から初のアルバム『チロル』をリリース
  • 2002年(31歳):ココリコの遠藤章造さんと結婚
  • 2006年(35歳):アニメ『ドラえもん』のドラミちゃんを担当

ポケットビスケッツを卒業した直後、千秋さんはソロでの活動をスタートさせました。ソロ活動では『chiaki』というネームでパンク・ロックを中心とした音楽を展開し、2001年1月には初アルバム『チロル』をリリースしました。ポケットビスケッツ卒業後のソロ活動は、本格的な歌手としてのキャリアを築くきっかけとなっていったようです。

2002年7月、千秋さんはココリコの遠藤章造さんと結婚を報告しました。

お二人は、関西の深夜番組『ココリコ海上火災』での共演がきっかけで知り合いました。当時、共に阪神タイガースのファンだったこともあり、意気投合し交際に発展したそうです。

翌年の5月には、第一子となる長女を出産しました。しかし、2007年の12月にココリコの遠藤さんが不倫を繰り返したことが原因となり、離婚となりました。

 「本当にもうゲスの極みだったんです」と何度も繰り返し「本当に調子乗ってました。あの時はゲスでした」とタジタジ。「娘も大きいですし、嫁ももう…次やったらホンマもう…」と二度と浮気をしないことを誓っていた。

引用元:スポニチ

ねこ太郎

小さな事が積み重なって離婚を決意したそうだよ

千秋さんファンに聞いた、千秋さんの30代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

新ドラえもんのドラミちゃん声優として活躍していたのがすごいです。声が本当に可愛くてめちゃくちゃ魅力的です。(30代男性)

ネット上の人物

ココリコの遠藤章造さんと結婚。「ガキの使いやあらへんで!」という番組でもご夫婦のことでよくいじられていたから。(20代女性)

ネット上の人物

ココリコの遠藤章造さんと結婚をしたことが印象的でした。タイガースのファンだった2人はお似合いだと思ったからです。(30代女性)

40代

千秋さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 2013年(42歳):フジテレビ『ノンストップ』金曜レギュラー
  • 2016年(45歳):15歳年下のTBS社員プロデューサーと再婚
  • 2020年(49歳):YouTubeチャンネル『千秋の歌YouTube』開始

40代になった千秋さんは、様々な番組に出演していきました。フジテレビ『ノンストップ!』のレギュラー出演やアニメ『ドラえもん』のドラミ役を通じ、タレント・声優として幅広く活動していきました。

2016年には15歳下の一般男性と結婚しました。約10年間シングルマザー生活を経て、新しいことに飛び込んでみようという思いから再婚を決意。千秋さんは『宝くじに当たったような気持ち』と表現しています。

1回は離婚してもいいかなとか、シングルマザーも経験しよう!みたいのもあったんですけど、約10年、シングルマザーだったので、だんだん飽きてきちゃった頃に、たまたま素晴らしい人が現れたので、結婚してくれるっていうから、“じゃあ、ぜひ!”って感じで結婚しました」と照れ笑いを浮かべた。

引用元:スポニチ

2013年1月には、ハンドメイド集団『ママ友応援プロジェクト』を立ち上げました。当初は千秋さんのママ友たちを支援する目的で始まりました。しかし、同年代の母親たちが復職で悩む現状を改善するため、手作りの商品を販売する期間限定ショップを展開。少女漫画のような『カワイイ』感性を活かし、社会課題への取り組み活動を展開していきました。

カワイイにこだわったハンドメイド作品を扱う、店舗を持たない期間限定のコンセプトショップ「ハローサーカス」というプロジェクトを主催している。同年代のお母さんたちが、仕事をしようにもできない現状などを見て、この企画を思いついたのだという。

引用元:mercari MAGAZINE

ねこ太郎

千秋さん流の子育ても支持を集めているみたいだよ!

千秋さんファンに聞いた、千秋さんの40代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

コメンテーターとして活躍している姿がとても印象深いですね。ノンストップという番組での姿に好感が持てましたね。(30代男性)

ネット上の人物

「ノンストップ!」にレギュラー出演。一児のママとしてリアルな意見を発信してくれるので親しみがあるから。(20代女性)

ネット上の人物

一般人の男性と再婚していたことが印象的でした。知らないうちに離婚もされていたようで、Wの驚きがあったからです。(30代女性)

千秋の若い頃の髪型はロングヘアー

千秋さんの若い頃の髪型といえば、ロングヘアーを思い出す方も多いのではないでしょうか。

1991年のオーディション番組『ゴールドラッシュ!』出場時には、水色のニットとヘアバンドを着用したロングヘアスタイルで登場しており、ファッション雑誌で読者モデルとして活動していました。

当時は、トレンディドラマの影響で『W浅野(浅野ゆう子・浅野温子)』の髪型が若者の間で人気となり、前髪を立たせるスタイルも流行していました。千秋さんも流行を意識した髪型にしていたのかもしれませんね!

ねこ太郎

どの髪型も可愛らしくてお似合いです!

まとめ

まとめ

今回は、千秋さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

ねこ太郎

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!

これからの活動も頑張ってほしいと思います。

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