扇千景の若い頃は?髪型はまとめ髪だった!

女優・政治家として活躍する扇千景さん。

若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。

さっそく、扇千景さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

目次

扇千景のデビューのきっかけや時期は?

デビューのきっかけや時期

扇千景さんの初舞台は1954年の『春の踊り』です。

その後、宝塚歌劇団は扇さんを八千草薫さんと共に新設された映画専科に編入させました。これにより、同年10月宝塚映画『快傑鷹 第一篇 蛟竜風雲の巻』にて映画デビューを果たします。

映画『夜霧の女』では新人演劇賞を受賞しました。

ねこ太郎

宝塚映画がデビューだったんですね。

扇千景の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

扇千景さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。

幼少期

扇千景さんは昭和8年(1933年)5月10日兵庫県神戸市須磨区に銀行員の父・木村松太郎、母・みさゑの三女として生まれました。

小学校5年生の時、神戸市長田区から鳥取県岩美町の旅館に疎開。

扇千景さんは幼少期の思い出を次のように語られています。「小学校に入る前から虚弱体質で、4年生まで養護学級。みんなが体操していても一緒にさせてもらえなかった。それが集団疎開で丈夫になったの。川で洗濯したり、冬は竹を半分に割ったのをスキーにして学校に行ったり。精神的にも強くなった。神戸高校のテニス部に100人入って、最後まで残ったのは4人だけ。私は県の16強までいったと思う。宝塚を受験した時の写真は、顔が真っ黒でした。」

終戦から2か月後、疎開先から神戸市に戻りました。

ねこ太郎

たくさんの努力をされてたんだなあ。。。

10代

扇千景さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1944年(11歳):鳥取県岩美郡岩美村に集団疎開
  • 1949年(15歳):兵庫県立神戸高等学校に進学
  • 1952年(18歳):宝塚音楽学校に進学

小学校は公表されていないのでわかりませんが、5~6年生の頃に、鳥取県岩美郡岩美村に集団疎開しています。

中学校も公表されていませんが、中学校卒業後は兵庫県立神戸高等学校に進学しました。高校時代は演劇研究会と軟式テニス部に所属しており、成績も優秀だったそうです。

高校卒業後は進学を望んでいたもののお父さんの強い希望で大学を断念、友人が勝手に願書を送付し、受験して合格した宝塚音楽学校にお父さんへの反発もあり、進学しました。

スポーツもできて成績も優秀・・・文武両道でお父さんにも反発するほど負けん気も強くて、芯がある粘り強さがあることが伺えます。

ねこ太郎

宝塚音楽学校に入ったきっかけが意外です。

扇千景さんファンに聞いた、扇千景さんの10代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

大学ではなく宝塚音楽学校へ進学していたことです。政治家として活躍しているだけに、てっきり高学歴の方かと思っていたので驚きました。(50代男性)

ネット上の人物

宝塚音楽学校に入学したということが本当にすごいですね。当時の倍率も凄かったでしょうがそこに入学してしまうわけでやっぱり選ばれし人材なのでしょうね。(30代男性)

ネット上の人物

宝塚音楽学校に進学。さすがタカラジェンヌというだけあって、お若い時からとても綺麗で美しい女性だったから。(20代女性)

20代

扇千景さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1954年(20歳):宝塚歌劇団に入団
  • 1957年(23歳):宝塚歌劇団を退団
  • 1958年(24歳): 2代目中村扇雀(後の4代目坂田藤十郎)と結婚

1954年、宝塚歌劇団に入団し、扇千景の初舞台は『春の踊り』となりました。それから宝塚歌劇団は、扇を八千草薫と共に新設された映画専科に編入させました。同年10月宝塚映画『快傑鷹 第一篇 蛟竜風雲の巻』にて映画デビューを果たします。 映画『夜霧の女』では新人演劇賞を受賞しました。

1957年には結婚のため、宝塚歌劇団を退団します。これにより、しばらく芸能活動から遠ざかりました。

1958年に2代目中村扇雀(後の4代目坂田藤十郎)と結婚します。翌年には第1子・長男(後の4代目中村鴈治郎)を出産、 さらに翌年、第2子・次男(後の3代目中村扇雀)を出産しました。扇千景さんは、女優と家庭を両立させながら、時代を先取りした女性として知られています。

入団から退団、結婚して出産と短い期間で環境が変化して20代のうちから、目まぐるしい毎日を送られていたんですね。扇千景さんの力強さは、こういった若い頃からの経験からくるものもあるかもしれません。

ねこ太郎

新人演劇賞をとってたなんて凄い!

扇千景さんファンに聞いた、扇千景さんの20代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

宝塚歌劇団に41期生として入団したことです。入団したということは本気で演劇の世界へ飛び込む気だったわけですし、若い頃はそうだったんだと意外で驚きました。(50代男性)

ネット上の人物

宝塚で演技を学んだというエピソードが本当に印象深いですね。宝塚という場所は本当に独特な空気感を孕んでいるので大変そうですね。(30代男性)

ネット上の人物

四代目坂田藤十郎さんと結婚。四代目坂田藤十郎さんは何度かテレビで見たことがありましたが、その奥様が扇さんだったとは知らなかったから。(20代女性)

30代

扇千景さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1968年(35歳):テレビドラマ『大奥』に出演
  • 1968年(36歳):お昼放送のテレビドラマ『花は散るらん』で主演
  • 1973年(39歳):フジテレビ「3時のあなた」の司会を務める

1968年、テレビドラマ『大奥』に出演し、歌舞伎の先代萩をベースに女優扇千景さんが乳母松島に扮して妖艶な演技。 我が子小太郎を犠牲にしてまでも若君をお守りした烈女を演じました。

さらに、昼ドラマ『花は散るらん』に出演。主演は、扇千景さんと津川雅彦さんが務めました。扇千景さんは、その美しさと演技力で、視聴者を魅了し、津川雅彦は、その確かな演技力で、深みを与えたドラマです。

1973年にはフジテレビの人気番組「3時のあなた」の司会を務め、全国的な知名度を得ました。この番組では、彼女の柔軟な身体能力を披露し、視聴者に愛される存在となりました。

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ねこ太郎

司会もやってたなんて活動が幅広くてびっくりです。

扇千景さんファンに聞いた、扇千景さんの30代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
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NHKの連続テレビ小説『たまゆら』に出演されたことです。すでに女優として活躍されていた扇さんですけど、NHKに出演できるほどにまでなっていたのかと驚きました。(50代男性)

ネット上の人物

関テレ版の大奥という作品での芝居が本当に素晴らしいですね。色々な局でドラマ化されていますがこの作品での大奥が一番クオリティが高いと思います。(30代男性)

ネット上の人物

ワイドショー番組「3時のあなた」の司会を務める。その後議員さんとして活躍するくらいですし、かなり国民からの信頼が厚かったことが伺えたから。(20代女性)

40代

扇千景さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1977年(43歳):「3時のあなた」で記者会見して、出馬を発表
  • 1977年(44歳): 自由民主党公認で、第11回参議院議員通常選挙に初当選
  • 1980年(47歳):参議院科学技術特別委員会理事、日本ユネスコ国内委員に就任

司会をやっていた「3時のあなた」で記者会見して、出馬を発表。悪いことに、それが4月1日だったことで記者から「今日はエープリルフールですが……?」って聞かれちゃったそうです。

1977年、タレント候補として参議院議員選挙全国区に当選。後に(2001年)建設大臣兼国土庁長官として初入閣後、中央省庁再編が行われ初代国土交通大臣に就任し、自らを「扇の要」としてアピールしました。

1980年には、参議院科学技術特別委員会理事、日本ユネスコ国内委員に就任するなど、扇千景さんは政治家としても多くの功績を残し、特に公共工事の入札制度の透明化に取り組みました。扇千景さんの業績は今も多くの人々に記憶されています。

扇千景さんが生きてきた時代は、「女性」に対する理解が非常に少なかったと思います。しかし、その中でもたくさんの活躍をされてきた力強く美しい扇千景さんは、陰では並々ならぬ苦労があったことでしょう。

ねこ太郎

働く女性の憧れですね。

扇千景さんファンに聞いた、扇千景さんの40代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
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第11回参議院議員通常選挙に立候補し、初当選したことです。これが扇さんの政治家人生のスタート地点でもありますし、印象に残りました。(50代男性)

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政治の世界へ進出したというのが印象的ですね。結構な支持を得て当選したりしていたのですごく策士だなと思いましたね。(30代男性)

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自由民主党所属の議員として選挙に当選。芸能界、歌舞伎の世界そして政治の世界と多方面で活躍されていた方だということがわかったから。(20代女性)

扇千景の若い頃の髪型はまとめ髪

扇千景さんの若い頃の髪型といえば、まとめ髪な髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。

目もパッチリしていて無加工でこの美しさをもつ、扇千景さん。ピチッとはせず少しラフにまとめたふわっとしたまとめ髪がきつい印象を与えず、さらに高感度UPです。

フロントは.、毛先をそったストレートバングにしサイドの毛はバックのほうにぴったりと流し、 バックはえり足いっぱいにカットした当時日本で大人気だったのがヘップバーンカットでした。扇千景さんもそれに近い髪型にされていたのではないでしょうか。

ねこ太郎

それにしても綺麗すぎます!!

まとめ

まとめ

今回は、扇千景さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

ねこ太郎

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!

これからの活動も頑張ってほしいと思います。

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