声優や俳優として活躍する津田健次郎さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、津田健次郎さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
津田健次郎のデビューのきっかけや時期は?
津田健次郎さんはかつて映画監督を目指し、明治大学文学部文学科で演劇学を専攻しました。
その後、役者の勉強になるかもと大学在学中に舞台の養成所へ入所し、役者の世界にのめり込んでいったようです。
「とりあえず役者とかで勉強してみようかと、舞台の養成所に入ったんですけど、すると思ったよりも舞台が良くて、役者というものが、めちゃくちゃ難しかったんです。その難しさも含めてスゴく面白いものだと思いました」
引用元:Yahoo!JAPANニュース
1995年、24歳の時に映画「君を忘れない」で俳優としてデビューしました。これが津田さんの芸能界デビュー作となります。
しかし役者だけでは生活が難しかったようで、大学卒業後に声優のオーディションを受け、同年1995年の24歳の時にアニメ「H2」で声優としてデビューします。そして俳優と声優の二つの分野で活動を続けていくことになりました。
特に深い理由もなくなんとなくで今日は作業のお供にH2のアニメを流してたんだけど、この太っちょキャッチャーの声が津田健次郎でびっくりした
— ぼちイさん (@bochiisannanoda) August 28, 2023
ED見るまで全然気付かんかったのだ
28年前の作品らしく声がめちゃ若い!って思ったらツダケンの声優デビュー作だとさ
当時24歳くらいか、そりゃ若いわなー pic.twitter.com/xTvp33AgpI
最初は映画監督を目指していたんだね!
津田健次郎の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り
津田健次郎さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
津田健次郎さんはお父さんの仕事の都合で、1歳から小学2年生までインドネシアのジャカルタで生活したそうです。
「いつでも泳げる感じ。とはいえ水泳が得意にはならなかったですけど。インドネシア語で、当時は僕もネイティブ級にペラペラしゃべれたらしいんですけど、帰ってきたらもうすっかり。今はもう全然しゃべれなくなっちゃいました。あいさつくらいは」
引用元:東スポWEB
当時、ジャカルタには娯楽が少なく、VHSもあまり普及していない時代。そんな環境の中で、津田さんにとっての最大の娯楽は「映画」でした。日本のヒーロー映画やハリウッド映画に触れていたといいます。
この時の経験が、津田さんの個性的な視点や表現力の基礎となったんですね。
ジャカルタに住んでいたなんてびっくり!
10代
津田健次郎さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1984年(12歳):中高一貫の男子校に入学。
- 1984年~1987年(12~14歳):一人で名画座に通う。
- 1989年頃(推定18歳):明治大学文学部文学科演劇学専攻に進学。
津田健次郎さんは1984年、12歳の時に、中高一貫の男子校に入学します。高校生の時には生徒会長を務めていました。無類の映画好きで、高校生の頃には「いつか映画を撮ってみたい」と思っていたとのことです。
ちょっと厳しめの学校で、頭髪検査なんかもありまして、襟足とかを細かくチェックされました。僕は不良でもなくマジメでもなく、フラフラした感じの中高生時代を送っていました(笑)。
引用元:Yahoo!JAPANニュース
1984年~1987年の12~14歳の頃には、一人で名画座に通い、「ローマの休日」やチャップリンの映画を観ていたそうです。
そして1989年頃(推定18歳)、明治大学文学部文学科演劇学専攻に進学します。大学1年生の時にはバックパッカー旅でエジプトへ行きました。
エジプトに行ったときも辺境の地“オアシス”が本当に素晴らしかった! もちろん、観光地や都市も良かったんですけど、僕はその辺境の地がすごく印象に残っています。
引用元:Yahoo!JAPANニュース
この頃の津田さんは、映画への情熱が芽生え、将来の進路を模索しながら独自の感性を育んでいった時期だったようですね。
ずっと映画が好きだったんだね!
津田健次郎さんファンに聞いた、津田健次郎さんの10代で印象に残っている出来事
明治大学文学部文学科演劇学に入学したことです。演劇学ということは、大学入学前から本気で俳優を目指すつもりだったというのがわかりますし、驚きました。(50代男性)
明治大学文学部文学科演劇学に入学していた、ということ。演劇学と言えば早稲田大学が有名だが、明治大学にもあるということを初めて知って印象的だったから。(50代女性)
明治大学文学部の演劇を学んでいたということを知り今ドラマで活躍しているのは、ちゃんとためになっていたと改めて思いました。(30代男性)
20代
津田健次郎さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1991年頃(推定20歳):大学3年生の時に舞台の養成所へ入所。
- 1995年(24歳):アニメ「H2」で声優デビュー。
- 2000年(29歳):アニメ「遊☆戯☆王デュエルモンスター」の海馬瀬人役で声優としてブレイク。
津田健次郎さんは、1991年頃(推定20歳)、役者の勉強になるかもと思い、大学3年生の時に舞台の養成所へ入所しました。芝居に集中するため、一時休学をしていたそうです。
とりあえず受けてみた演劇系の養成所に合格し、それが面白くなりました。大学の期末考査と養成所での発表が重なっていたので、休学に切り替え、芝居を本格化させました。
引用元:明大スポーツ
それからはずっと舞台に出演していましたが、役者のオーディションに落ち続ける日々を送っていました。しかし、1995年の24歳の時、アニメ「H2」のオーディションで選ばれて声優としてデビューします。
「(俳優として)しんどい時期にオーディションを突然いただいた感じで、“アニメのオーディション来たけど、受ける?”って言われて、受ける、受けない(の選択肢)なんてありえない。“受けます絶対に”」と即答。
引用元:スポニチアネックス
そして2000年、29歳の時にアニメ「遊☆戯☆王デュエルモンスター」の海馬瀬人役で声優としてブレイクし、これが自身の代表作となりました。
海馬とダブルデュエル! RT @amuleto_info: <津田健次郎>そして!遊戯王20th展は東京8月17日まで、大阪は8月26日〜30日までです☆1分の1スケールの海馬社長と津田の貴重な2ショット!#遊戯王 #20th展 pic.twitter.com/RBHONPUVyU
— 津田健次郎 KENJIRO TSUDA (@tsuda_ken) August 14, 2016
この頃の津田さんは、役者として活動を開始したもののなかなか認めてもらえず、極貧生活を送っていたそうです。そんな中、声優オーディションの話が舞い込み、人生の転機が訪れた時期でもありました。
「遊☆戯☆王」の海馬はハマり役だったなー!
津田健次郎さんファンに聞いた、津田健次郎さんの20代で印象に残っている出来事
テレビアニメH2の野田敦の声優をしたことです。これがテレビアニメで初めて声優をしたわけですし、声優業もこなす俳優になるんだなって印象に残りました。(50代男性)
20代の頃は専ら声優さんとして活躍していた、ということ。近年俳優さんとして活躍する姿しか認識していなかったため。(50代女性)
るろうに剣心の虎丸役がとても良かったですね。津田さんの高低音がとても虎丸のキャラにあっていてすごく魅力的でした。(30代男性)
30代
津田健次郎さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2001年(30歳):アニメ「テニスの王子様」で乾貞治役を担当する。
- 2006年(35歳):舞台「tatuya-最愛なる者の側で」でハシモトタツヤ役を演じる。
- 2010年(39歳):アニメ「薄桜鬼」シリーズで風間千景役を担当する。
津田健次郎さんは2001年、30歳の時、アニメ「テニスの王子様」で乾貞治役を担当し、長年にわたりこの役を演じ続けました。
【BEST FESTA!!】カウントダウン!いよいよ2週間を切りました!本日は乾 貞治役・津田健次郎さん!
— アニメ「新テニスの王子様」公式 (@shintenianime) January 8, 2019
久し振りにテニプリファンの皆さんにお会い出来るのがとても楽しみです。青学、氷帝のキャストのみんなとまた同じステージでワクワクします。BEST FESTA‼︎が盛り上がる確率100パーセント。#テニプリ pic.twitter.com/yLhH5ueKes
2006年の35歳の頃には、舞台「tatuya 最愛なる者の側で」で主人公のハシモトタツヤ役を演じました。
そして2010年の39歳の時、アニメ「薄桜鬼」シリーズで風間千景役を担当し、この役も長く続けることになりました。
30代の津田さんは、声優としてシリーズ物のアニメを多数担当し、長期にわたって特定の役を演じ続けることで、キャリアを確立していきました。同時に、俳優としても舞台やドラマに出演し、幅広い活動を展開しました。
「テニスの王子様」の乾役は覚えてる!
津田健次郎さんファンに聞いた、津田健次郎さんの30代で印象に残っている出来事
テニスの王子様の乾貞治役をしたことです。乾といえばデータテニスといって冷静に分析するタイプのキャラですが、津田さんはそれを見事演じ切っていて津田さん自身クールな印象を受けました。(50代男性)
名探偵コナンにも度々声優として出演していた、ということ。こちらのアニメは子どもと一緒にかなり観てきたが、全く気づかなかったから。(50代女性)
ロックマンエグゼのカバセ役が本当にマッチしていました。津田さんの演技には独特の魅力が存在していて声を聴いたらすぐにわかるのがすごいです。(30代男性)
40代
津田健次郎さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2015年(43歳):映画「スター・ウォーズシリーズ」でカイロ・レン役の吹き替えを担当する。
- 2020年(48歳):アニメ「呪術廻戦」で七海建人役を担当する。
- 2020年(48歳):NHK連続テレビ小説「エール」の語りを担当する。
津田健次郎さんは2015年、43歳の時、映画「スター・ウォーズシリーズ」でカイロ・レン役の日本語吹き替えを担当します。その後、スター・ウォーズシリーズの新三部作で、継続してカイロ・レン役を演じています。
2020年の48歳の頃には、アニメ「呪術廻戦」で七海建人役を担当しました。津田さんの渋い声質が、クールで大人びた七海健人の人物像によく合っていると評価されました。
七海は(演じていても)あまり無理をしていないというか、等身大でわりとスッと(役に)入っていける感じがあります。
引用元:Yahoo!JAPANニュース
また、同年2020年の48歳の時に、NHK連続テレビ小説「エール」で語りを担当しました。津田さんはこの作品に俳優としても出演し、注目を集めました。
#エール【ツダケン顔出し】このドラマのナレーションを務めている津田健次郎さんがカメオ出演! 久志と麻雀を打つ犬井として登場。裕一に対して、いつものイケボで「なんだ こらぁ~!」と すごんでます。#朝ドラエール pic.twitter.com/oZciEv3730
— ひぞっこ (@musicapiccolino) October 26, 2020
津田さんは「エール」で語りを務めたことで、活躍の場を一気に広げていきました。40代の終わりからはドラマへの出演が増え、50歳を過ぎてから写真集発売などの遅咲きの人気を博すようになります。
この時期からどんどん人気が出たんだね!
津田健次郎さんファンに聞いた、津田健次郎さんの40代で印象に残っている出来事
アニメ「魔王様、リトライ!」の九内伯斗役を演じたことです。私自身好きなアニメなので印象に残ったのと、九内にピッタリなシブイオジサマ声が素敵でした。(50代男性)
全国区で顔を知られるようになった連続テレビ小説「エール」は、40代の終わりの出来事で、まだ最近の話であるということ。声優としてスタートしてから、ここまでの道のりがあまりに長かったから。(50代女性)
トリコのスマイル役が本当に良かったです。最初津田さんの声には聞こえなかったのですがエンドロールで津田さんだとわかり驚きました。(30代男性)
津田健次郎の若い頃の髪型はベリーショート
津田健次郎さんの若い頃の髪型といえば、ベリーショートな髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。
声優の津田健次郎さん(の若い頃)と、水泳の入江陵介選手って似てる(*^-^*)
— めぃら (@moon_pinklaw) September 25, 2014
二人ともイケメンなのです~✧‧˚ pic.twitter.com/nt9PC9C0uQ
最近の津田さんといえば前髪長めのゆるパーマの印象が強いですが、若い頃の髪型は今とは違った印象ですね。
2010年代は男性の間で本田圭佑さんのソフトモヒカンや成宮寛貴さんのアシメヘアなどが流行していました。津田さんのベリーショートも好感度が高く、とても爽やかで素敵ですね。
今とは違った印象だね!
まとめ
今回は、津田健次郎さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。
年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。