ミュージシャンとして活躍する桜井和寿さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、桜井和寿さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
桜井和寿のデビューのきっかけや時期は?

桜井和寿さんのデビューの時期は、1992年5月、22歳の時にMr.Childrenのボーカリストとしてメジャーデビューしました。
turn over?を演奏する今年デビュー28周年の50代のミスチル→左
— milu(ミル) (@milu_chilu) September 15, 2020
turn over?を聞いたファンの皆んなの脳内はデビュー当時のミスチル→右 pic.twitter.com/iSAdpijhCJ
デビューのきっかけは、高校時代に軽音楽部で出会った田原健一さん(ギター)、中川敬輔さん(ベース)とドラマーと女性キーボードによる5人組バンド「Beatnik」を結成したことです。
1988年10月にコンクールのテープ審査を通過したものの、ライブ審査の前にドラマーが脱退。当時は他のバンドで活動していた鈴木英哉さん(ドラムス)をバンドに誘い、後日正式に加入して現在のメンバーとなりました。

高校時代にバンドを結成したんだ!
桜井和寿の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

桜井和寿さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
桜井和寿さんは、東京都練馬区出身です。
両親とお姉さんの4人家族で、実家は工務店を営んでいました。
子どもの頃の夢は「大工さん」で、少年野球をしていたとのことです。
幼少期の桜井さんは、お父さんの影響で大工を夢見ていた野球少年だったんですね。

野球をやっていたんだね!
10代
桜井和寿さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1982年(12歳):練馬区立貫井中学校に入学。
- 1985年(15歳):関東高等学校に入学し、バンド「Beatnik」を結成。
- 1989年(18歳):バンド名を「Mr.Children」に変更。
桜井和寿さんは、1982年、12歳の時、練馬区立貫井中学校に入学しました。中学時代は落語研究会に所属していて、この頃からギターを始めたそうです。
1985年の15歳の頃には、関東高等学校(現:聖徳学園高等学校)に入学し、軽音楽部で5人組バンド「Beatnik」を結成しました。
昔の雑誌ってさ、個人情報というかそういうの勝手にガンガン載せてたよね…。もしかしたら貴重なのかもしれない。ミスチルの桜井さんとスピッツの草野マサムネさん。 pic.twitter.com/OaNu9BchpW
— 雑煮 (@y_fvk) September 22, 2017
そして1989年の18歳の時、バンド名を「Mr.Children」に変更しました。
バンド名のMr. Children(ミスチル)は、メンバーが好んでいたものや興味のあったものに「Children」という単語が多く付けられていたことが由来。また、自分たちの音楽を幅広い人たちに聴いてもらいたいという思いも込められている pic.twitter.com/2QN6gMXRhX
— KITA×KITA (@KITAKITAKSMY) February 25, 2025
桜井さんの10代は、音楽的才能と情熱を育んだ時期で、のちのMr.Childrenでの成功に繋がっています。

最初は5人組バンドだったんだ!
桜井和寿さんファンに聞いた、桜井和寿さんの10代で印象に残っている出来事


初のオリジナル曲「クリスマスナイト」を制作したことです。この頃はアマチュアバンドでしたけど、高校生ながらオリジナル曲を作ってしまうなんてすごいなって感じました。(50代男性)

中学時代、落語研究会に入っていたという話をバラエティで聞いて本当に意外性を感じられました。寿という名前で活動していたのも笑えます。(30代男性)

バンド名をMr.Childrenに変える。Mr.Childrenとして日の目を浴び、今もミスチルの愛称でたくさん人たちから愛されているから。(20代女性)
20代
桜井和寿さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1992年(22歳):Mr.Childrenとしてメジャーデビュー。
- 1994年(23歳):レコード会社の元社員の女性と結婚。
- 1997年(27歳):Mr.Childrenの活動を休止することを発表。
桜井和寿さんは、1992年、22歳の時、アルバム「EVERYTHING」でMr.Childrenとしてメジャーデビューしました。
#MrChildren32thAnniversary#MrChildren32周年
— Mr.Children.un (@mrchildren_jp) May 9, 2024
本日2024.5.10は、
Mr.Childrenデビュー32周年㊗️🎉#MrChildren #MrꓸChildren pic.twitter.com/cLNtTKxMXP
1994年の23歳の頃には、レコード会社の元社員の女性と結婚しました。同年に女児が誕生しましたが、2000年5月に離婚しています。
そして1997年の27歳の時、3月28日の東京ドーム公演をもってMr.Childrenの活動を休止することを発表しました。その後、1998年10月に活動を再開しています。
音楽活動の休止は「結構なスピードでMr.Childrenの認知度が高まったので、休みが全然なかったんですね。それで、もうちょっと頑張ったら1年間休もうっていうニンジンをぶら下げて頑張って活動していた」と明かした。
引用元:スポニチアネックス
桜井さんの20代は、Mr.Childrenとして日本の音楽史に残る数々の名曲を生み出しました。また私生活では、結婚と子どもの誕生という大きな変化を迎えました。

この頃に結婚していたんだね!
桜井和寿さんファンに聞いた、桜井和寿さんの20代で印象に残っている出来事


アルバム『EVERYTHING』をリリースしたことです。これがMr.Chirdrenをメジャー化させたきっかけにもなったわけですし、印象に残りました。(50代男性)

Mr.Childrenとして大ブレイクしていったというのが本当にすごいですね。中でもイノセントワールドの歌詞は最高でした。(30代男性)

所属事務所トイズファクトリーの元社員と結婚。アーティストの他に人気声優さんも所属していて、アニメ好きにも馴染みのある事務所だったから。(20代女性)
30代
桜井和寿さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2000年(30歳):元タレントの吉野美佳さんと再婚。
- 2002年(32歳):小脳梗塞の疑いが生じ、年内の活動休止を発表。
- 2003年(33歳):小林武史さん、坂本龍一さんらと非営利組織「ap bank」を設立。
桜井和寿さんは、2000年、30歳の時、元タレントの吉野美佳さんと再婚しました。
桜井和寿、略奪と言われながらも貫いた吉野美佳さんとの愛 - https://t.co/pI4efUvAwx pic.twitter.com/0CBoSO2nlX
— Liverry(ライブリー) (@rock7ark) May 10, 2016
2002年の32歳の頃には、小脳梗塞の疑いが生じ、年内の活動休止を発表しました。
そして2003年の33歳の時、小林武史さん、坂本龍一さんらと非営利組織「ap bank」を設立しました。
ap bankは、音楽家の小林武史と、Mr.Childrenの櫻井和寿に、坂本龍一氏を加えた3名が拠出した資金をもとに、2003年に設立されました。
『サステナブル』ということを大きな指標に据えながら、自然エネルギーや環境保全活動している方々への融資から始まり、野外音楽イベントap bank fesの開催、復興支援活動など様々なプロジェクトを立ち上げ、発展的に継続しています。
引用元:ap bank
「Mr.Childrenです!ありがとうございます。戻ってきました、ap bank fes!(桜井和寿MCより)」#MrChildren
— ap bank (@apbankfes) October 16, 2021
ap bank fes '21 online 配信中
今週末10/17(日)まで、お見逃しなく!https://t.co/PxI8j9YXxQ pic.twitter.com/gLimfJlgIO
桜井さんの30代は、再婚や病気という大きな変化があった一方で、「ap bank」の設立という大きな挑戦をした時期でした。

脳梗塞になったと聞いた時は驚いたなぁ…
桜井和寿さんファンに聞いた、桜井和寿さんの30代で印象に残っている出来事


2002年に「小脳梗塞の疑い」があると発表されたことです。これによって各番組や公演をキャンセルすることとなり、活動停止までしたので驚きました。(50代男性)

君が好きという曲がとても好きですね。この曲が主題歌だったドラマも大好きで今でもたまに聴きいて癒されています。(30代男性)

「Bank Band」を結成。音楽の日という番組で豪華なコラボレーションが見れてとても興奮したことを昨日のことのように覚えているから。(20代女性)
40代
桜井和寿さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2012年(41歳):東日本大震災復興支援プロジェクト「JAPAN UNITED with MUSIC」に参加。
- 2017年(47歳):小林武史さんと音楽ユニット「Reborn-Art Session」を結成。
- 2019年(49歳):舞台「四次元の賢治 -完結編-」の劇中歌を歌唱。
桜井和寿さんは、2012年、41歳の時、東日本大震災復興支援プロジェクト「JAPAN UNITED with MUSIC」に参加しました。
「音楽を通して日本が連帯していくこと」をコンセプトにしたプロジェクト「JAPAN UNITED with MUSIC」が、ビートルズの“All You Need Is Love”をカヴァーした東日本大震災復興支援のチャリティーシングルを1月25日より配信、3月7日にCDリリースする。
「JAPAN UNITED with MUSIC」は、坂本龍一が発起人となり、小林武史がプロデュースしたもの。引用元:rockin'on.com
2017年の47歳の頃には、小林武史さんと音楽ユニット「Reborn-Art Session」を結成し、1st配信限定シングル「What is Art?」をリリースしました。
そして2019年の49歳の時、舞台「四次元の賢治 -完結編-」の劇中歌を歌唱しました。
舞台「四次元の賢治 -完結編-」の劇中歌を櫻井和寿、青葉市子、太田光(爆笑問題)が歌唱することが発表された。
「四次元の賢治 -完結編-」は8月3日から9月29日まで宮城県の牡鹿半島、網地島、石巻市街地、松島湾で開催される芸術祭「Reborn-Art Festival 2019」の一環で上演される舞台。宮沢賢治の諸作をベースに中沢新一が脚本を書き下ろし、小林武史がオペラに仕上げた作品で、キャストに満島真之介、Salyu、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、ヤマグチヒロコが名を連ねている。
引用元:JOYSOUND音楽ニュース
桜井さんの40代は、音楽活動だけでなく復興支援にも力を注ぎ、アーティストとしてさらなる進化を遂げました。

舞台の劇中歌に参加したのは新しい試みだね!
桜井和寿さんファンに聞いた、桜井和寿さんの40代で印象に残っている出来事


オペラ『四次元の賢治 -完結編-』に出演したことです。歌手としての印象が強いだけに、オペラもできる人なんだと驚きました。(50代男性)

ライブでの躍動感がある姿が本当に格好いいですね。とても楽しそうに歌ってくれるのでこちらもテンションが上がりますね。(30代男性)

「JAPAN UNITED with MUSIC」に参加。震災当時色んなアーティストの方が何か出来ないかと立ち上がってくれて、改めて音楽の力を感じた出来事だったから。(20代女性)
桜井和寿の若い頃の髪型は前髪センター分けの黒髪

桜井和寿さんの若い頃の髪型といえば、前髪センター分けの黒髪な髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。
Mr.Children「名もなき詩」
— ちぃ (@sagamiya111027) October 28, 2016
ドラマ「ピュア」の主題歌
発売1週間でミリオンを超えた史上初の作品。
1996年、年間売上1位(シングル)
ドラマも主題歌も本当に良かった。 pic.twitter.com/gGJLebdI4M
前髪を真ん中で分けて大きめのパーマをかけ、全体を長めにした髪型がかっこいいですね!
この頃の男性の間では、木村拓哉さんの前髪センター分けヘアや長瀬智也さんの前髪長めヘアが流行していました。桜井さんも流行を意識して取り入れていたようです。

桜井さんのかっこよさが引き立ってる!
まとめ

今回は、桜井和寿さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。