宮沢りえの若い頃は?昔の髪形はロングヘアーだった!

女優やファッションモデルとして活躍する宮沢りえさん。

若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。

さっそく、宮沢りえさんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

目次

宮沢りえのデビューのきっかけや時期は?

デビューのきっかけや時期

宮沢りえさんのデビューのきっかけや時期は、家のお隣に住んでいた人がスカウトマンだったことです!

小学校6年生の頃にモデル事務所に所属し、雑誌 『Seventeen』の表紙モデルを務め、明星食品『チャルメラ』のCMで芸能界での活動をスタートさせしました。

宮沢さんは11歳でモデルデビューし、12歳でファッション誌の表紙を飾った。宮沢さんは「隣の家に住んでいた人がスカウトマンで、 小学校6年生の時にモデル事務所に入れてもらった」と驚きのデビュー秘話を語る。

引用元:MANTAN WEB

ねこ太郎

その後15歳の時に『三井のリハウス』のCMでブレイクしたよ!

宮沢りえの幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

宮沢りえさんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。

幼少期

宮沢りえさんは、1973年4月6日、東京都練馬区で日本人の母親とオランダ人の父親のハーフで生まれました。しかし、幼い頃に両親は離婚し、父親をほぼ知らないまま育ったそうです。

小さい頃には祖父の元に預けられ、両親はオランダへ渡りました。その後、両親は離婚し、オランダにいた母親が日本に戻り一緒に暮らします。しばらくして、母親が再婚し4歳年下の弟が生まれました。

母親の光子さんは、宮沢りえさんのマネージャーとしても活動し『りえママ』として知られるようになりました。

ねこ太郎

少し複雑な家庭環境だったみたいだよ

10代

宮沢りえさんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1987年(14歳):初代リハウスガールとして『三井のリハウス』CMに出演
  • 1988年(15歳):映画『ぼくらの七日間戦争』で主演を務め、女優デビュー
  • 1991年(18歳):ヘアヌード写真集『Santa Fe』を発表

1987年、宮沢りえさんが14歳の時に初代リハウスガールとして『三井のリハウス』CMに出演し、注目を集めました。

このCMで『白鳥麗子』という役を演じ、『今度、朝日ヶ丘にリハウスして来ました、白鳥麗子です』という印象的な挨拶で登場。初めてセリフのある仕事でとても緊張していたそうです。

撮影時は手も膝も震え、終了後には『絶対女優さんにはなれない』と思ったと語っています。

宮沢は「初めてセリフというものをいただいて、本当に緊張したことを覚えています。手も膝も震えていて撮影が終わった後は、絶対女優さんにはなれないと思っていました。

引用元:ORICON NEWS

1988年、15歳の時に映画『ぼくらの七日間戦争』で女優デビューを果たしました。

中山ひとみという学級委員でクラスメートたちをまとめる重要な役柄で、演技経験のなかった宮沢りえさんは、演技に対する苦手意識と劣等感を感じていたそうです。

しかし、15歳とは思えない力強さと可愛らし演技で観客を魅了し、この作品で日本アカデミー賞新人賞を受賞し、宮沢りえさんの知名度を一気に上げるきっかけとなりました。

ねこ太郎

この映画は青春映画の名作として時代を越えて愛されている作品みたいだよ!

宮沢は「現場に入ると(映画の)セットの中でたくさんのスタッフの方のエネルギーに押されて、できないと思っていたことがどんどんできていくという、演じることの奇跡を感じた」と振り返っている。

引用元:スポニチ

1991年、宮沢りえさんが18歳の時、ヌード写真集『Santa Fe』を発売し大きな話題を呼びました。

写真集は純粋で美しい表現が評価され、150万部という売り上げを記録し社会現象となりました。

りえちゃんは18歳の誕生日を過ぎたばかりの時で、本当に天使みたいな綺麗な人だった。

引用元:文春オンライン

宮沢りえさんファンに聞いた、宮沢りえさんの10代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

やはり「三井のリハウス」転校生白鳥麗子かと思う。あの可愛さは後にも先にもないように思われる。本当の美少女。(40代女性)

ネット上の人物

とんねるずのみなさんのおかげですで初めて見たのですがめちゃくちゃ美少女で驚きましたね。ハーフの雰囲気を携えた魅力的な女優さんでした。(30代男性)

ネット上の人物

やはりかわいいなと言う印象を受けました。ついこの間ご本人がインスタで10代の頃の写真をあげていて、可愛くて本当にキラキラしていて印象に残っています。(20代女性)

20代

宮沢りえさんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1993年(20歳):ドラマ『西遊記』で主演
  • 2001年(28歳):香港映画『華の愛〜遊園驚夢』で第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞を受賞
  • 2002年(29歳):映画『たそがれ清兵衛』に出演。日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞

1993年、宮沢りえさんが20歳の頃、ドラマ『西遊記』で三蔵法師役で主演を務めました。

この役で、宮沢りえさんのアイドル的なイメージから、本格的な女優として評価されるようになったようです。

その後、1996年に放送されたドラマ『協奏曲』ではヒロインの榊花役を演じます。田村正和演じる海老沢耕介、木村拓哉演じる貴倉翔の三角関係を描いた恋愛ドラマで、視聴率28.2%を記録した人気作品となしました!

この作品は、宮沢りえさんの20代を代表する作品の一つで、非常に高い人気を誇りました。

宮沢りえさんは、20代から演技力の高さが評価されるようになり、2001年、香港映画『華の愛〜遊園驚夢』で第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞を受賞、2002年には映画『たそがれ清兵衛』で日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞するなど、数々の賞を受賞していきました。

ねこ太郎

国内外でも高い評価をされているんだね!

宮沢りえさんファンに聞いた、宮沢りえさんの20代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

20代は貴乃花関と婚約解消後、激痩せしており、本当に痛々しかった。自殺未遂騒動などもあり、このまま美しい宮沢りえさんが見れなくなるのか心配だった。(40代女性)

ネット上の人物

フードファイトの役柄がめちゃくちゃ記憶に残っています。主人公に冷たく当たるのですが時として優しさも見せる姿が本当に魅力的です。(30代男性)

ネット上の人物

2002年に公開された映画で沢山の賞を受賞し、人気絶頂期のアイドルとも共演するなど幅広い活躍をして行く。(20代女性)

30代

宮沢りえさんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 2004年(31歳):映画『父と暮らせば』で第47回ブルーリボン賞・主演女優賞受賞
  • 2007年(34歳):映画『オリヲン座からの招待状』で第31回日本アカデミー賞・優秀主演女優賞受賞
  • 2009年(36歳):ハワイ在住の実業家と結婚。同年5月に第一子となる女児を出産

2004年、宮沢りえさんが31歳の頃、映画『父と暮らせば』に出演。この作品では原爆の悲劇と、生き続ける希望を描いており、心に響く作品として高く評価されされました。

宮沢りえさんは、この映画でブルーリボン賞 主演女優賞受賞し、高い完成度の演技として高く評価されています。

その後も、2007年映画『オリヲン座からの招待状』で第31回日本アカデミー賞・優秀主演女優賞受賞し、日本の実力派女優の一人として広く認められていきました。

2009年4月、宮沢りえさんが36歳の時、ハワイ在住の元プロサーファーの日本人実業家と結婚し、同年5月に第1子となる長女を出産しました。

「私の大きな夢でもあった赤ちゃんを授かりました」と喜びを報告した。お相手はハワイ在住の日本人実業家で、近く結婚する意向。“りえママ”こと母親の光子さん(59)は当初結婚に反対しており「娘のコメントの内容は私にとっても驚き」とまだ困惑している様子だ。

引用元:スポニチ

ねこ太郎

できちゃった婚だっだみたいだよ!

宮沢りえさんファンに聞いた、宮沢りえさんの30代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

30代は「たそがれ清兵衛」「父と暮らせば」と名映画に出演。本格的に女優としての道を歩きだした印象だった。(40代女性)

ネット上の人物

謎解きはディナーの後でという作品がとても印象的ですね。北川景子さんや櫻井翔さんと共演しているのが新鮮でした。(30代男性)

ネット上の人物

プロのサーファーと結婚し子供を出産したあと離婚してしまいましたが、公開された映画で賞を受賞し演技は女優として上り詰めていってバイタリティがすごいと思いました。(20代女性)

40代

宮沢りえさんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 2014年(41歳):映画『紙の月』で主演。第27回東京国際映画賞際・最優秀女優賞を受賞
  • 2016年(43歳):離婚協議中でしたが、正式に離婚を発表
  • 2018年(45歳):森田剛さんと結婚

2014年、7年ぶりに映画『紙の月』で主演を務めました。宮沢りえさんはこの作品で、複雑な感情を持つ役を演じ、第38回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞しました。また、この映画は2014年の東京国際映画祭でも最優秀女優賞を受賞し、高い評価をされました。

ねこ太郎

日本人の女優さんでは11年ぶりの快挙なんだって!

映画『紙の月』(11月15日公開)で7年ぶりに映画主演を務めた宮沢りえ(41)が最優秀女優賞を受賞した。同賞を日本人女優が受賞するのは、2003年に映画『ヴァイブレータ』の寺島しのぶ以来、11年ぶり4人目となる。

引用元:ORICON NEWS

2009年に実業家と結婚した宮沢りえさんでしたが、結婚生活は長く続かず、2012年には別居報道がありました。

その後、2016年に正式に離婚を発表。離婚の原因は、結婚生活の中で生じた考え方の違いやすれ違いが原因とされているそうです。

私たち夫婦は、幾度かの話し合いを重ね、この度、離婚が成立いたしました。

新たな気持ちで、役者として、母として、一人の人間として、これからも前進していこうと思います。

何卒ご理解いただき、温かく見守っていただけましたら幸いです。

引用元:ORICON NEWS

2018年3月16日、宮沢りえさんは森田剛さんとの結婚を発表しました。

お2人は、2016年8月に上演された舞台『ビニールの城』での共演をきっかけに、交際がスタート。交際中には沖縄旅行やゴルフを楽しむ様子が報じられました。

『子どものためにも結婚という形で安心させたい』という思いから、当時8歳だった長女が決め手となり結婚となったようです。

宮沢りえさんファンに聞いた、宮沢りえさんの40代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

やはり天海祐希さんの急な代役を勤めたこと。かなりの長台詞の舞台だったが一晩で台詞を覚え、代役を見事に成し遂げた宮沢りえさんは本当に素晴らしいと思った。(40代女性)

ネット上の人物

紙の月という映画の役柄がとても魅力的でした。この作品を見て新たな彼女に出会った気がします。大島優子さんとの掛け合いも良かったです。(30代男性)

ネット上の人物

男性アイドルと再婚したこと。男性側に結婚する様な家庭的なイメージがなかった事もあり、結構驚いたがテレビでの発言等から幸せさが滲み出ていて良かったなと思う。(20代女性)

宮沢りえの若い頃の髪型はロングヘアー

宮沢りえさんの若い頃の髪型といえば、腰上まで伸びた長いロングヘアーを思い出す方も多いのではないでしょうか。

厚めの前髪で、大人っぽさと可愛らしさを同時に感じさせる髪型で、多くのファンを魅了しました。モデルや女優として活動を開始し、当時のロングヘアーは清純派イメージの宮沢りえさんにピッタリですね!

ねこ太郎

ポニーテールやアレンジヘアもお似合いだね!

まとめ

まとめ

今回は、宮沢りえさんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

ねこ太郎

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!

これからの活動も頑張ってほしいと思います。

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