日本を代表するロックミュージシャン、作詞家、作曲家、そしてギタリストとして活躍する布袋寅泰さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、布袋寅泰さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
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布袋寅泰さんのデビューのきっかけや時期は?
布袋寅泰さんのデビューのきっかけは、1981年に氷室京介さんから連絡を受け、音楽の趣味が一致してバンドを結成したことでした。
暴威という名前でライブを行い、1982年にはBOØWYとして正式デビューを果たしました。
今日の1枚
— おじ (@tumibatu) October 24, 2024
BOØWY 1stアルバム
MORAL
ヤマハ主催のロックバンドコンテストにて決勝を争った2つのバンド所属の氷室狂介と布袋寅泰を中心に結成されたBOØWYのデビューアルバム
「群馬暴威」「暴威」と命名されるもメンバーは拒否
最終的にデヴィッド・ボウイから捩った「BOØWY」へと変更#音楽好き pic.twitter.com/9o9CvEBfix
アルバム『MORAL』でギタリストとしての才能を披露し、20歳で本格的な音楽活動をスタートしました。
氷室さんと布袋さんが意気投合した背景には、本能的なフィーリングがあったらしいにゃ!
布袋寅泰さんの幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り
布袋寅泰さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
布袋寅泰さんのデビューのきっかけは、14歳の時にマーク・ボランに影響を受けてギターを始めたことでした。
裕福な環境で育った布袋さんは、幼少期から楽器に親しみ、中学では音楽に熱中し、高校では独自のファッションセンスを発揮していました。
布袋寅泰さんの音楽的な才能と個性はこの頃から際立ち、多くの友人や周囲の人々にも強い印象を残していたといわれています。
布袋さんの独自の表現スタイルは、早い時期からの多彩な影響と個性の強さが原点にあったことを感じさせます。
14歳でマーク・ボランに夢中♡“ギターヒーロー” にゃん!
10代
布袋寅泰さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1976年(14歳):マーク・ボランの影響でギターに目覚める
- 1979年(17歳):バンド『BLUE FILM』でライブ活動を開始
- 1981年(19歳):氷室京介さんと共に「暴威」を結成し、音楽活動を本格化
1976年、マーク・ボランのポスターに魅了され、音楽の道を志すきっかけを得ました。彼の大胆なステージスタイルが布袋さんにとっての “ギターヒーロー” となり、ギターを手にする原動力となりました。
1979年、高校在学中に「BLUE FILM」というバンドでライブを行い、若手ミュージシャンとしての第一歩を踏み出しました。ここで実際の演奏経験を積み重ね、音楽の技術を磨きました。
1981年、氷室京介さんや松井常松さんと出会い、「暴威」を結成。これが後のBOØWYとなり、日本ロックシーンを揺るがす存在へと成長しました。
B·BLUE
— HIDE_RØCK (@hide_1669) September 28, 2024
BOØWY
1986/09/29 release
作詞:氷室京介
作曲:布袋寅泰 pic.twitter.com/vU68rItNWV
若き布袋さんの出発点には、型破りな情熱と多様な影響が感じられ、初期から音楽に対する独自の視点を持っていたことがうかがえます。
氷室京介さんとの出会いが、運命の始まりにゃ!
布袋寅泰さんファンに聞いた、布袋寅泰さんの10代で印象に残っている出来事
氷室京介、松井恒松らと共に"暴威"を結成したことですね。これが布袋さんをメジャーに押し上げたわけですし、印象に残っています。(50代男性)
裕福な家庭で育っていて、トランペットやエレクトーンなどの楽器もあったそうです。音楽に触れられる環境が、現在のミュージシャンとしての布袋さんへと繋がっていると感じました。(40代女性)
暴威を氷室さん達と結成したという話を聞いて最初は漢字だったんだと驚きましたね。今の布袋さんよりもすごく尖った感じが格好いいです。(30代男性)
20代
布袋寅泰さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1982年(20歳) : BOØWYのアルバム『MORAL』でメジャーデビュー
- 1987年(25歳) : BOØWYが解散し、日本のロックシーンに衝撃を与える
- 1988年(26歳) : ソロデビューと、『COMPLEX』結成で新たな音楽活動をスタート
1982年、BOØWYのギタリストとしてアルバム『MORAL』でデビューし、その斬新な音楽性が瞬く間に注目を集めました。日本の音楽シーンに新風を巻き起こす契機となりました。また1986年、山下久美子さんと結婚しました。
1987年、大人気バンドとなったBOØWYが突然の解散を発表し、クリスマスイブに行われたラストライブはファンにとって大きな衝撃と感動を与え、布袋さんのキャリアの一つの転機となりました。
1988年、ソロアルバム『GUITARHYTHM』をリリースし、ソロ活動を本格的に開始しました。さらに、吉川晃司さんとユニット『COMPLEX』を結成し、新たな音楽スタイルを探求することになりました。
ーBE MY BABYー
— 🤠寅🎲野良Billy (@Norakuru6603kk) July 15, 2022
☆COMPLEX☆
-1988-
文字通り吉川晃司氏と布袋寅泰氏が当時お互いに抱えていたコンプレックスを払拭する意味もありユニット活動を開始した… 89年の春に同曲でデビューしヒットを量産していく事になる二人だが… 記念すべき一曲目は今だに色褪せないこの曲だ! pic.twitter.com/vafjgT2vzn
🌈僕のピック・コレクション 1683枚目🎸
— 🌺🌼しょう🌼🌺~ꕤ~ଯ~ꕤ~ (@MIp3z1B4WVAmhm8) March 1, 2024
【COMPLEX】ピック🎤
1988年「吉川晃司」と元BOØWYのギタリスト「布袋寅泰」により結成された夢のロックユニット‼️
1989年シングル『BE MY BABY』でデビュー💿
1990年11月、東京ドーム公演をもって無期限の活動休止❤️🔥
2011年、21年ぶり2日間だけ活動再開✨ pic.twitter.com/Mz4PrsOA27
BOØWY解散後も情熱を持ち続け、新たな挑戦を始める布袋さんの姿は、音楽家としての強い信念を感じさせます。
夢を追い続ける姿が、生き生きとしてるにゃ!
布袋寅泰さんファンに聞いた、布袋寅泰さんの20代で印象に残っている出来事
吉川晃司とのユニット"COMPLEX"を組んだことです。私自身COMPLEXは大好きだったこともあり、印象に残りました。(50代男性)
20歳の時に「BOOWY」のギターリストとしてメジャーデビューし、人気バンドになりました。布袋さんがカッコよく、人気絶頂での解散に伝説となっているので凄いです。(40代女性)
ボウイとしてスターダムにのし上がっていったのが印象的ですね。本当に楽曲が素晴らしくて何度聴いても名曲揃いです。(30代男性)
30代
布袋寅泰さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1994年(32歳) : UNESCOの「GME '94」に出演
- 1996年(34歳) : アトランタオリンピックの閉会式でパフォーマンスを披露
- 1999年(37歳) : 今井美樹さんと再婚
1994年、奈良・東大寺でUNESCO主催の「GME '94 〜21世紀への音楽遺産をめざして〜 AONIYOSHI」に参加し、海外アーティストと共演。日本を代表するアーティストとして国際的な評価を得ました。
1996年、マイケル・ケイメンの招待でアトランタオリンピック閉会式に出演。大胆なギターパフォーマンスで注目を集め、音楽家としての国際的な評価が一段と高まりました。また1997年、歌手の山下久美子さんと離婚しました。
パラリンピックの布袋寅泰の演奏が話題ですが、
— kickstyle (@kicks82529) August 24, 2021
僕にとっては1996年のアトランタオリンピックの閉会式でのインパクトも凄かった記憶があります。
全体の流れに溶け込んでいながらも尖ってる存在感👍#布袋寅泰#OnWingOfVictory#michaelkamen#atlantaolympichttps://t.co/TFf7uaoXd8 pic.twitter.com/jkzfI8f2HA
1999年、再婚した今井美樹さんを音楽的にも支え、彼女のプロデューサー兼サポートギタリストとして活躍。音楽面でも新たなパートナーシップが形成されました。
布袋さんの30代は、国際的な舞台での評価と私生活での新たな節目が交差する、充実した時期だったと感じます。
映画「新・仁義なき戦い」で音楽も俳優も両方こなす布袋さん、多才な活躍でファンを魅了したにゃ!
布袋寅泰さんファンに聞いた、布袋寅泰さんの30代で印象に残っている出来事
「PRIDE」で第39回日本レコード大賞作詩賞を受賞したことです。ギタリストというイメージが強い布袋さんですけど、作詞も才能があるんだと驚きました。(50代男性)
34歳の時にデヴィッド・ボウイのツアーのアンコールで共演など、海外の有名なミュージシャンとも交流されてます。これも布袋さんの才能が認められているためで、世界的に通じる方だと思います。(40代女性)
今井美樹さんのプライドの作詞作曲を手掛けたのが印象深いですね。本当に名曲であんな曲を作ったなんて大天才だと思いますね。(30代男性)
40代
布袋寅泰さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2003年(41歳) : 映画『キル・ビル』でテーマ曲が世界的に注目を集める
- 2006年(44歳) : 紅白歌合戦にサポートギタリストとして出演
- 2011年(49歳) : 東日本大震災復興支援のため、COMPLEXとしてチャリティーライブに参加
2003年、クエンティン・タランティーノ監督が映画『キル・ビル』のテーマとして『BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY』を採用し、布袋さんは世界的な注目を浴びることとなりました。映画の公開をきっかけに、楽曲はさまざまなメディアで使用され続けています。
2006年、紅白歌合戦で妻である今井美樹さんのサポートギタリストとして出演し、公私にわたる音楽の支えが印象的でした。
2011年、東日本大震災復興支援を目的に、21年ぶりに吉川晃司さんとのユニット『COMPLEX』を再結成し、『日本一心』ライブを開催し、観客を勇気づけるエネルギッシュなパフォーマンスが話題を呼びました。
COMPLEX 吉川晃司 布袋寅泰
— リチャード (@HIROMEHEARTS) May 18, 2024
2011年 東日本大震災復興支援チャリティー
ライブ 吉川晃司シンバルキックが
カッコよすぎる pic.twitter.com/LbYGSE59uZ
布袋さんの40代は、国内外での成功を重ねつつ震災支援で心を動かす活動にも尽力し、音楽家としての成長と社会的貢献が同時に見られる時期だったと感じます。
東日本大震災の支援ライブは、まさに“猫パンチ”級の感動にゃん!
布袋寅泰さんファンに聞いた、布袋寅泰さんの40代で印象に残っている出来事
芥川賞作家の町田康に対する暴行容疑で書類送検されて傷害罪を受けたことです。傷害罪で逮捕されるってなかなかのことですし、布袋さんにも暴力的な一面もあるんだと驚きました。(50代男性)
49歳の時に30周年記念ライブを開催、1万人の観客を熱狂させてます。歳を重ねてもパワーは衰えることなく、ますますエネルギッシュなところが素敵です。(40代女性)
HEY!HEY!HEY!に出演していた姿を見て本当に魅力的な人だなと感じましたね。布袋さんとダウンタウンのやりとりはかなり笑えるので最高でした。(30代男性)
布袋寅泰さんの若い頃の髪型は高めのリーゼントスタイル
布袋寅泰さんの若い頃の髪型といえば、高めのリーゼントスタイルの髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。
BOØWY時代からパンクとロカビリー、ニューウェーブの影響を取り入れたこの髪型で存在感を発揮し、スタイル面でも独自のキャラクターを確立していました
このリーゼントスタイルは布袋さんの若さと大胆さを象徴するもので、音楽だけでなくビジュアル面でも観客を引きつけたと感じます。
1980年代、日本の音楽シーンにはロックやパンクが流行し、派手で個性的なスタイルが好まれました。布袋さんのリーゼントも、音楽ジャンルや当時のファッショントレンドの影響が大きいといえます。
当時のファンの間では、「布袋さん=リーゼント」って感じだったにゃ!
まとめ
今回は、布袋寅泰さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。
年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。