俳優として活躍する遠藤憲一さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、遠藤憲一さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
遠藤憲一のデビューのきっかけや時期は?
遠藤憲一さんは、高校中退後、アルバイトを転々としていたある日、広告で劇団員募集の広告を見て軽い気持ちで入団したそうです。
その後、役者業に興味を持ち難関として知られる劇団無名塾の選抜試験に合格して舞台俳優としてのキャリアをスタートさせますが、空気の重圧感や規律の厳しさから10日後に劇団を離脱しています。
その後は劇団フジ・東京宝映(現宝映テレビプロダクション)に移籍して役者活動を再開し、22歳でドラマデビューしました!
(前回の続き)NHK時代劇「壬生の恋歌」(1983)ではもう一人、のちの大物俳優がデビューしています。それは遠藤憲一さん。番組途中からレギュラー入りし、坂本龍馬の恋人おりょう(秋吉久美子さん)に横恋慕する新選組隊士を演じています。↓若くてカッコいい!#新選組 pic.twitter.com/2Ba3CSAipx
— 山村竜也 (@yamamura1212) June 18, 2020
着物が似合う!
遠藤憲一の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り
遠藤憲一さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
遠藤憲一さんの幼少期の情報は限られていますが、小学校時代は2年生から卒業まで電車通学しており、少年野球に所属して練習に励んでいたそうです。
また、お父様の四十九日のときに見つけた幼少の頃の写真が公式SNSに掲載され、当時のお父様とそっくりなご本人の姿が話題になりました。
@retoro_mode 遠藤憲一氏の子供時代と父親。 pic.twitter.com/PtxJRSrSdg
— JITO (@jijijito) December 31, 2016
遠藤です。
— 遠藤憲一公式 (@enken_enstower) April 29, 2020
賢さを全く感じないな。
#昭和の日 pic.twitter.com/sLsSgcpGau
写真からはのびのびと過ごす幼少期の様子が感じとれますね。けして裕福な家庭ではなかったそうですが、家族の絆は強く、とても暖かな家庭だったのではないでしょうか。
ちょっとそう!
10代
遠藤憲一さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1977年(16歳):通学2時間の高校に入学する
- 1977年(16歳):ロッカーに入れていた教科書を先生に燃やされる
- 1977年(17歳):高校を中退しアルバイトを転々とする
遠藤憲一さんは勉強が苦手だったため、自身が通っていた高校は偏差値38であったと後にテレビで明かしています。
さらに通学に2時間かかる上、半数以上の生徒が「ツッパリ(不良)」の学校だったそうで、夏休みごろには完全に遠藤さんも不良に染まってしまったと当時を振り返って語っています。
先日御屋形様についていろいろググって見つけてしまった10歳の頃の遠藤憲一さんのお写真。かわいさと格好良さと現在のような色気も若干。もしこんな喜平治さまがいたら卒倒しちゃうでしょ…! #遠藤憲一 #上杉主従 #真田丸 pic.twitter.com/8b6CQdzwXG
— yumi (@TwZnd) September 20, 2016
そして2学期に登校すると、ロッカーに入れていた教科書を先生に燃やされていたそう。しかし当時は教科書を忘れると立たされる規則があったため、教科書がない遠藤さんはそれから毎時間、立たされてしまったようです。
そのことがきっかけでやる気を失ってしまった遠藤さんは、そのまま高校を中退します。高校中退時、母親は泣きながら祈っていたのに対し、父親は黙って認めてくれていたそうです。
ご両親は心配だっただろうな・・
遠藤憲一さんファンに聞いた、遠藤憲一さんの10代で印象に残っている出来事
高校を中退しアルバイト生活をしていたということを知りやっぱり下積みはあったんだなと納得しましたね。本当に大変だったと思います。(30代男性)
遠藤憲一さんは高校を中退後、アルバイトを転々とする日々を送っていたそうですが、ある日たまたま劇団員募集の広告をみて劇団に入団し、役者業に興味を持つことになったのだとか。人生、分からないものですね。(40代女性)
高校中退したことです。テレビドラマでは総理役をされたこともありますし、てっきり高学歴なんだろうなと思っていました。それだけに大学進学はおろか高校中退していたことに驚きです。(50代男性)
20代
遠藤憲一さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1982年(21歳):「劇団の東大」と称される「劇団無名塾」の選抜試験に合格する
- 1983年(22歳):「壬生の恋歌」でドラマデビューする
- 1986年(25歳):ドラマ「太陽にほえろ!」の最終回に犯人役としてゲスト出演する
遠藤さんは高校中退後アルバイトを転々としていましたが、ある日劇団員募集の広告を見て軽い気持ちで入団します。
その後役者業に興味を持ち、当時倍率160倍の狭き門をくぐり「劇団無名塾」の選抜試験に合格しますが、10日後には離脱してしまいます。
女優・岡本真実さんが同期であると話していることから、1982年21歳のときに6期生として入塾されたことがわかります。
シーズン8の予感
— 花乃ひととき (@OuxOpuZbuIDk3O6) February 26, 2023
画像は昨日の、林修先生MCのトーク番組から。
ゲストはエンケン(遠藤憲一)さん。
若い頃から役者を目指していたが、かなりの難関を突破して入った無名塾を10日で辞めてしまう破天荒ぶりが明かされた。
序盤ではエピソードトークに米倉涼子さんがVTR出演。
X・シーズン8の予感? pic.twitter.com/5MuB3qZhXc
その後は劇団フジ・東京宝映(現宝映テレビプロダクション)に移籍して役者活動を再開し、1983年22歳のときにドラマ「壬生の恋歌」でデビューしました。
以降は、刑事ドラマ・サスペンス作品や時代劇などで下積み的な出演を続け、この間の1986年にはドラマ「太陽にほえろ!」の最終回である718話に犯人役としてゲスト出演を果たします。
あぶない刑事観てたら、若い頃の遠藤憲一さん出てて、思わず撮っちゃった pic.twitter.com/bNR9JJ2LR2
— ランカ (@79Ranka) January 25, 2019
俳優・遠藤憲一 20代は「ゆすりたかり」の犯人役ばかり https://t.co/v5qgTIgUT2 pic.twitter.com/XLYi7swWqJ
— 急上昇@相互フォロー (@teu8c5ru1) August 8, 2017
若い頃は悪役を演じることが多かった遠藤さんですが、自身の性格は「喧嘩もしないし。どっちかと言ったら気弱な方なんです」と語っており、素の自分とは違う役作りに当時は苦労したそうです!
かっこいい!
遠藤憲一さんファンに聞いた、遠藤憲一さんの20代で印象に残っている出来事
22歳でドラマデビューしたというのがすごいですね。やっぱり俳優として売れるというのは並大抵のことじゃありませんね。(30代男性)
22歳で役者デビューした 遠藤憲一さんですが、この頃は刑事ドラマやサスペンス作品で下積み的な出演を続けられています。いまはよく見る遠藤憲一さんですが、下積み時代も長かったとは意外ですね。(40代女性)
『壬生の恋歌』に出演し、ドラマデビューをしたことです。この作品へ出演したことが色々なテレビドラマ出演にもつながっていきますし、印象に残りました。(50代男性)
30代
遠藤憲一さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1993年(32歳):ドラマ「暴れん坊将軍」に悪役として出演する
- 1994年(33歳):サスペンスドラマ「松本清張ドラマスペシャル・眼の気流」に出演する
- 1996年(35歳):大河ドラマ「秀吉」で佐久間盛政役を演じる
遠藤さんは1993年32歳の時から40歳まで、ドラマ「暴れん坊将軍」に悪役として5回に渡り出演しました。
若手時代のエンケン(遠藤憲一)
— 帰ってきた犬山ちゃん (@orixbuffaloes2) July 20, 2020
よく暴れん坊将軍に出演しておりました。
あと脚本家として「刑事貴族2」で4本脚本を担当しております。#暴れん坊将軍#遠藤憲一 pic.twitter.com/AppCBuVUvb
その後も強面を生かした「悪役」としてVシネマを中心に活躍するほか、1994年にはサスペンスドラマ「松本清張ドラマスペシャル・眼の気流」に出演し少しずつ演技の幅を広げていきます。
1996年には大河ドラマ「秀吉」で佐久間盛政役を演じるなど、悪役や個性的なキャラクターを多く演じ、名脇役としての地位を確立していきました。
当時はVシネマの悪役が自身の中でも定着しつつあったため、バラエティー番組やテレビの役では物足りなく感じてしまい出演オファーが来ても断っていたそうです。
存在感がある名脇役!
遠藤憲一さんファンに聞いた、遠藤憲一さんの30代で印象に残っている出来事
悪役に定評が出てきたという背景が本当にすごいです。強面の顔を生かした形でどんどん有名になっていく姿が逞しいです。(30代男性)
ビデオシネマ時代到来後は、眼力のある強面の風貌を生かして、数多くのドラマや映画で悪役を演じられています。悪役= 遠藤憲一さんのイメージが強かった時代ですね。(40代女性)
時代劇「暴れん坊将軍V」に出演されたことです。私自身大好きな時代劇ドラマなので、出演されていたことに驚きました。この作品以降暴れん坊将軍シリーズに出演するようになったので印象に残っています。(50代男性)
40代
遠藤憲一さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2007年(47歳):個人事務所『エンズタワー』を立ち上げる
- 2009年(48歳):ドラマ「湯けむりスナイパー」で連続ドラマ初主演を果たす
- 2009年(48歳):ドラマ「白い春」での血の繋がらない娘を愛する父親役の演技が高く評価される
遠藤さんは、2007年に自身を俳優の世界へと導いてくれた当時の所属事務所の社長の引退をきっかけに独立し、個人事務所「エンズタワー」を立ち上げました。
40代まで悪役としての認知度が高かった遠藤さんですが、独立後は妻の昌子さんがマネージャーを担当するようになり、少しずつ演技の幅を広げるようになります。
そして2009年48歳のときに「湯けむりスナイパー」で連続ドラマ初主演を果たします。
ファミリー劇場にて、只今『湯けむりスナイパー』を再放送中!
— 山内大輔(整体師/スポーツトレーナー 兼 猪木信者/バルボア教徒) (@dai_yamauchi) February 20, 2024
好きなんですよ、このドラマ。冗談だか本気だかが曖昧なグレーゾーンで。🤣 pic.twitter.com/CtdLWg5wAW
また、同時期の2009年に放送された連続ドラマ『白い春』での演技や、瀧本美織演じる主人公の育ての親を演じた2010年の連続テレビ小説「てっぱん」でのコミカルな演技が評価され、出演作品のジャンルが一気に広がりました。
白い春を3話まで鑑賞。。とても気になってハートウォーミングな展開に惹かれます。。阿部寛さん、遠藤憲一さん、大橋のぞみちゃん。。キャストも良くて。。 pic.twitter.com/pQx962UnZZ
— ひつじ (@chankonsan) November 15, 2019
多彩な役柄で多くの人に魅力が伝わっていった!
遠藤憲一さんファンに聞いた、遠藤憲一さんの40代で印象に残っている出来事
太陽の季節での演技がとても好きでしたね。やっぱり滝沢さんとのやりとりにどこか哀愁があって素晴らしかったです。(30代男性)
48歳のときに「白い春」に出演されて血の繋がらない娘を愛する父親役を演じられています。今までの悪役とは一変した演技が高く評価され、その後、幅広い演技力で多数の作品に出演されています。(40代女性)
舞台「さらば、わが愛 覇王別姫」に出演されたことです。これまでは映画やテレビドラマ等で活躍していた遠藤さんですけど、それだけに舞台俳優としても活躍したことに驚きました。(50代男性)
遠藤憲一の若い頃の髪型は黒髪ショートヘア
遠藤憲一さんの若い頃の髪型といえば、黒髪ショートヘアを思い出す方も多いのではないでしょうか。
タツヒコ年齢の割に老け顔だからなのか
— 。こまちゃん。🦑ロゴタイプ (@mon_cheri_121) July 28, 2020
遠藤憲一の若い頃の写真だとイケメンすぎて それはそれでちゃうな…となるな pic.twitter.com/mCmcerFvUj
写真からは悪役顔というよりも、爽やかで優しい性格の青年といった印象です!
この頃世間では、吉田栄作さんのようなサラサラヘアのツーブロックや、不良ブームの影響でリーゼントヘアが流行っていたようです。
爽やかな好青年でかっこいい!
まとめ
今回は、遠藤憲一さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。
年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。