DJとして活躍するDJ KOOさん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、DJ KOOさんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
DJ KOOのデビューのきっかけや時期は?
DJ KOOさんのDJデビューは19歳の時にディスコに足を踏み入れたことがきっかけでした。
下積み時代は新宿のサーファーディスコで見習いとして、ウェイターを兼ねて活動していました。
見習いとしてDJの技術を学び、身につけることで今後DJ として活動を続ける下地を作った時代です。
技術を身につけ、25歳のときにDJ hondaさん達と「The JG’s」を結成し、アメリカ・ニューヨークでレコーディングを行なうなどしてデビューを果たしました。
DJ KOOさんは、まさかのアメリカ・ニューヨークでデビューを果たされています。
デビュー以前は新宿のディスコでコツコツとDJの技術を学んでいたとは意外な一面のような気もします。
そんなDJ KOOさんのDJとしての成り上がり方を知りたくなってきましたね!
DJ KOOさんは25歳のときにアメリカにて正式にDJデビューを果たしました。
DJ KOOの幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り
DJ KOOさんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
DJ KOOさんは東京都で生まれ、スナックを営む家庭で育ちました。
実家のスナックにはジュークボックスやレコードプレーヤーなどが置かれており、音楽に触れる機会は比較的多かったようです。
DJ KOOさんはスナックで昭和歌謡に多く触れていたようです。
小学校時代には沢田研二さんに憧れてタイガース、ローリングストーンズの楽曲を知ることになります。
きっかけはタイガースでしたが、ローリングストーンズへの興味が勝り、ロック音楽への道を歩み始めることになります。
DJ KOOさんの実家はスナックで、音楽に触れる機会が他の人よりは多い環境で育ったようです。
そんなDJ KOOさんは流れるように音楽への興味を大きくしていき、ロック音楽にたどり着きました。
そんなDJ KOOさんは、どのように本格的な音楽活動を始めることになるのでしょうか。
DJ KOOさんは実家のスナックで過ごすことで、音楽との関わりを持っていたんですね!
10代
DJ KOOさんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1976年(15歳):日本体育大学柏高等学校に入学する。
- 1976年(15歳):日本体育大学柏高等学校のラグビー部に入部する。
- 1979年(18歳):神田外語学院に進学する。
DJ KOOさんは千葉県の柏市にあるに日本体育大学柏高等学校に入学します。
日本体育大学柏高等学校に入学後は、ラグビー部に所属することになります。
柏日体ラグビー部時代のDJ KOO #annkw pic.twitter.com/8Tw17CrcL4
— Frank.O (@Frank_Orte) November 21, 2020
同校のラグビー部での生活はDJ KOOさんにど根性を植え付けた貴重な時間を過ごしたようです。
DJ KOOさんは高校を卒業した後、神田外語学院に入学します。
学校を卒業することはできましたが、音楽への興味が湧き学業には集中して取り組んでいなかったようです。
DJ KOOさんの10代を振り返りましたが、高校からなんとも意外なところに入学されています。
さらには、高校の部活動ではラグビー部に入学し、一生懸命スポーツに取り組んでいたようです。
そんな経験が今後のDJ KOOさんの活動力の根源になっているとは、想像もしていなかったですね!
DJ KOOさんは高校時代ラグビーに一生懸命取り組んでいたようです。
DJ KOOさんファンに聞いた、DJ KOOさんの10代で印象に残っている出来事
神田外語学院に進学したことです。てっきり音大へ入学したり、高校卒業後は音楽活動を始めたと思っていたので意外でした。(50代男性)
柏日体高等学校を卒業する。ラグビー部に所属していたが、ラグビーの選手であったというイメージはまったくない。(40代男性)
高校時代はラグビー部として活動したという話が意外でした。運動系がなんだか苦手そうだったのでなんだかすごくびっくりでした。(30代男性)
20代
DJ KOOさんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1981年(20歳):神田外語学院在学中にディスコにてDJ見習いになる。
- 1982年(21歳):新宿のディスコで活躍し、ディスコDJとして地位を固める。
- 1986年(26歳):DJ hondaさんたちと「The JG's」を結成し、アメリカにて正式にDJデビューする。
DJ KOOさんは神田外語学院在学中に新宿のディスコに入り浸り、DJ見習いとして活動を開始します。
当初は、先輩の頼む仕事をなんでもやる、買い出し、ウェイターをこなすなど、かなり体育会系なディスコだったようです。
DJ KOOさんは新宿のディスコのスタイルであるお客さんとコミュニケーションをとりながらのDJスタイルを身につけました。
当時では良い方である月収12万円を得ることもでき、DJとしての地位を確実な物にしていったようです。
DJ KOOさんはDJ hondaさんや大場次一さんとともに「The JG's」を結成しました。
ユニットは、アメリカのニューヨークにてレコーディングを行ない、1988年に初アルバムをリリースしました。
DJ KOOさんは20代にしてDJ としての人生を歩み始めました。
連載「二十歳のとき、何をしていたか?」に登場してくれたDJ KOOさん。高校時代のラグビー部で培ったド根性精神でDJの座を掴み取ったお話やTRFの結成秘話について教えてくれました。#popeyewebhttps://t.co/bWHC5gR60q pic.twitter.com/uJdFFZgL2E
— POPEYE (@POPEYE_Magazine) January 8, 2024
初めはディスコDJの見習いからスタートし、アメリカでアルバムをリリースするなんてかなりの成り上がりストーリーですよね!
また、DJ KOOさんのDJとしてのデビューは20代のときに泥臭く努力した結果だったというのも注目点です。
DJ KOOさんのデビューは20代で、アメリカでの出来事でした。
DJ KOOさんファンに聞いた、DJ KOOさんの20代で印象に残っている出来事
オリジナル・アルバム『The JG's』を発表したことです。音楽家として本格的な活動を始めた証のようなものですし、印象に残っています。(50代男性)
本田勝裕さんや大場次一さんといっしょに、『The JG's』というグループを1986年に結成する。このグループの作った曲を聞いてみたい。(40代男性)
新宿ディスコでDJとして活動していたというエピソードに興味が湧きましたね。あの頃の日本は独特な雰囲気が漂っていましたから気になります。(30代男性)
30代
DJ KOOさんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1992年(32歳):小室哲哉さんと出会い、trfを結成し、ファーストアルバムをリリースする。
- 1993年(33歳):trfとして5年連続でミリオンセラーを達成する。
- 1997年(37歳):小室哲哉さんがエイベックスと絶縁状態となり活動スタイルが変化する。
1992年にDJ KOOさんは横浜ベイサイドクラブのイベントで主催者の小室哲哉と出会いました。
そこで、小室哲哉のプロデュースでtrfを結成し、DJ担当として参加することになります。
DJ KOOさんの活動の原点となるtrfの結成時の写真です! pic.twitter.com/jx02EThscS
— sakura (@sakura1879424) December 28, 2024
1993年にtrfはシングル「GOING 2 DANCE」でデビューしました。
同年には次々にシングルをリリースし、合計5連続でミリオンセラーを果たしました。
1997年の7月に小室哲哉さんとエイベックスと絶縁するという事態が発生してしまいます。
その後TRFは他のアーティストへの音源提供のような活動を始めとする活動も行なっています。
DJ KOO さんの30代での活動は新たなチャレンジとその挑戦の破綻など様々な出来事に見舞われています。
小室哲哉さんとの活動として音楽ユニットのDJを経験し、DJ KOOさんの活動の転機になったことは間違いありません。
さらに、その他の活動によりDJとしての活動の幅を作ることができた時期だったようですね。
DJ KOOさんは30代でDJ活動の幅が広がっていきます。
DJ KOOさんファンに聞いた、DJ KOOさんの30代で印象に残っている出来事
TRFを結成したことです。この音楽ユニットがDJ KOOさんをメジャーヒットさせたキッカケでもありますし、印象に残っています。(50代男性)
1992年にTRFのメンバーとなり、DJを担当した。この当時のDJ KOOさんはヘアスタイルが個性的であったことを覚えている。(40代男性)
TRFとしての活動していたということが1番有名ですね。すごくこのグループの象徴的な存在として君臨しているのでそこがすごいです。(30代男性)
40代
DJ KOOさんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 2001年(40歳):アルバム「LIFE-e-Motions」がセルフプロデュースとして評価を受ける。
- 2007年(46歳):DJ KOOさん個人としてのバラエティ番組等への出演機会が増加していく。
- 2009年(48歳):約3年ぶりのアルバム「GRAVITY」をリリースする。
DJ KOOさんはTRFとしてセルフプロデュース作品としてアルバム「LIFE-e-Motions」をリリースしています。
また、この頃のDJ KOOさんはソロでの活動でも一定の評価を受け、活動は多岐に渡りました。
DJ KOOさんは46歳の時点でソロでのバラエティ番組出演が増えていきます。
DJ KOOさんはトンチンカンな天然ボケやエピソードネタで特徴的なキャラクターを印象づけ知名度を上げていきました。
DJ KOOさんのバラエティでの活動は芸能界での活動の幅を広げるきっかけになったようですね。 pic.twitter.com/xhK6KzGQBU
— sakura (@sakura1879424) December 28, 2024
2009年に約3年ぶりとなるアルバムである「GRAVITY」をリリースすることになります。
このアルバムには、DJ KOOさんの過去の音源とPVを使用したNONSTOP MIXが収録されています。
DJ KOOさんの40代は、音楽活動を続けつつ、バラエティへの露出が増加していく時期になりました。
DJ KOOさんは、バラエティでもその特徴的なキャラクターでタレント的な人気を獲得することができています。
そんなまさかの活躍ぶりでDJ KOOさん自身の芸能活動に新たな兆しが見えてきます。
DJ KOOさんは40代にしてバラエティへの出演が増加していくんですね!
DJ KOOさんファンに聞いた、DJ KOOさんの40代で印象に残っている出来事
ユニットWILLを結成したことです。DJ KOOさんといえばTRFの顔みたいなものだったので、違うユニットも結成するんだと驚きました。(50代男性)
山田わたるさんと『WILL』というグループを2004年に結成する。いろいろなゲストボーカルが参加しているので聞いてみたい。(40代男性)
バラエティに出て活躍しているのが本当にすごいですね。愛らしいキャラクターですごく面白い時もあるので必見です。(30代男性)
DJ KOOの若い頃の髪型はファンキーだった!
DJ KOOさんの若い頃の髪型といえば、ファンキーな髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。
DJ KOOの若い頃マジか pic.twitter.com/6H9gNB1A7M
— ヨウヘイヘイ (@youheyhey) September 16, 2019
DJ KOOさんの若い頃の髪型はファンキーでレゲエチックなものが目立ちました。
DJというお仕事なだけあって、目立つ髪型で覚えて貰いやすく、ディスコでの活躍が想像できます。
当時のDJ KOOさんはディスコDJをやっていた時期であり、周囲の方々もドレッドヘアやアフロヘアなど目立つ髪型をしていました。
そんな中で、負けじと目立つ髪型を追い求めていった結果、ファンキーな髪型になっていったと考えられます。
DJ KOOさんの髪型は職業柄といった要因が大きそうです。
まとめ
今回は、DJ KOOさんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。
年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。