俳優・歌手として活躍する柴田恭兵さん。
若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。
さっそく、柴田恭兵さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。
柴田恭兵のデビューのきっかけや時期は?

柴田恭兵さんは大学卒業後、一度はサラリーマンとして社会人生活を送っていました。しかし、1975年(23歳のとき)にロックミュージカル劇団「東京キッドブラザース」の門を叩き、俳優の道を志します。
1975年、東京キッドブラザースに入団し、同年6月12日、ミュージカル『十月は黄昏の国』で初舞台を踏み、俳優デビューを果たしました。
入団後はすぐに頭角を現し、劇団の看板俳優として活躍するようになりました。
あぶない刑事が2026年で40周年‼️
— 歌謡喫茶★昭和☕️🍸🥃🎵💿 (@kayou_kissa) November 16, 2024
来年2025年は舘ひろしさん&柴田恭兵さん
デビュー50周年なんですよね😎
ボクは来年50歳なので
そう考えると
舘ひろしさんと柴田恭兵さん
スゴすぎる
ボクはこのお2人方のおかげで
楽しい人生をおくれているんだなあ。#あぶない刑事#あぶ刑事#舘ひろし#柴田恭兵 pic.twitter.com/dXXejjL3nQ

サラリーマン時代があったとは衝撃に事実・・・!
柴田恭兵の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

柴田恭兵さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。
幼少期
柴田恭兵さんは1951年8月18日生まれ、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身です。実家はJR草薙駅前にある鮮魚店「魚新」を営んでいました。
5人兄弟の次男で、両親と兄2人、姉、弟の7人家族の中で育ちます。
幼少期は非常に活発で元気な子どもで、「ガキ大将」タイプ。近所の子どもたちとよく遊び、時にはケンカもしていたそうです。
小学校は地元清水市内の公立校で、校名は不明ですが、有度第一小学校または有度第二小学校のいずれかの可能性が高いとされています。小学生の頃から野球に熱中しており、友達と野球をして過ごすことが多かったそうです。
柴田恭兵さんの幼少期は、魚屋の息子としてにぎやかな大家族で育ち、活発でガキ大将として友人たちと元気に遊び、野球に熱中していた少年時代だったようですね。頼りがいのある存在感は、この頃からきているのかもしれませんね。
勝手にしやがれヘイ!ブラザー!見てる。毎回EDの主演二人(柴田恭兵&仲村トオル)の幼少期の写真に変な声でるし、恭サマ寝るとき必ずパジャマ着てて超カワイイし、同じベットで寝るとトオルが寝ぼけて恭サマを後ろから抱いてくるからマジやばい pic.twitter.com/L09aXjDuNL
— toto (@toto_qukey) July 9, 2016

元気いっぱいだったんですね!
10代
柴田恭兵さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1965年(13歳):清水市立第七中学校(現:静岡市立清水第七中学校)に入学
- 1968年(16歳):静岡県の日本大学三島高校(私立)に進学
- 1971年(19歳):日本大学経済学部に内部進学し、上京
中学時代は野球部に所属し、部活動に熱中していました。幼少期から活発でガキ大将タイプの柴田恭兵さんは、小学校時代から野球少年で、友人たちとよく遊び、時にはケンカもしていたようです。
この高校は部活動が盛んなことで知られていますが、高校時代は「帰宅部」で、特に部活動には所属していなかったようです。当時の日本大学三島高校は男子校に近い雰囲気で、現在よりも偏差値は低かったと推測されています。
高校卒業後は日本大学経済学部に内部進学し、上京。大学時代は俳優志望ではなく、サラリーマン志望だったとされています。
柴田恭兵さんの10代は、活発な少年時代から始まり、中学では野球部、高校では帰宅部として比較的普通の学生生活を送っていました。10代のうちは学業と部活動が中心だったようで、芸能界とは無縁だったようですね。

イケメンだから、モテモテだっただろうな。
柴田恭兵さんファンに聞いた、柴田恭兵さんの10代で印象に残っている出来事


日本大学経済学部へ入学したことです。役者としてのイメージが強かったので、大学へ行かず俳優活動をしていたと思ったので。大学へ行ってたとは意外でした。(50代男性)

日本大学経済学部に入学したという話がとても驚きですね。結構理知的なイメージはあったのですが大学に通っていたとは知りませんでした。(30代男性)

子供の頃は野球少年だった。とある番組で携帯を持っておらずファックスで草野球の連絡を取っていると話していたのが記憶に残っているから。(20代女性)
20代
柴田恭兵さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1975年(23歳):一度アパレル会社に就職するも退職
- 1978年(26歳):テレビドラマ『大都会 PART II』でTVドラマデビュー
- 1979年(28歳):連続ドラマ『赤い嵐』で初主演
大学卒業後、一度アパレル会社に就職するも退職し、ミュージカル劇団「東京キッドブラザース」に入団。6月12日、ミュージカル『十月は黄昏の国』で俳優デビューしました。
劇団の中心メンバーとして舞台に多数出演。26歳のとき、村川透監督にスカウトされ、テレビドラマ『大都会 PART II』でTVドラマデビューしました。
28歳のとき、連続ドラマ『赤い嵐』で初主演。同年、『俺たちは天使だ!』に出演し、スターダムにのし上がります。この頃から「恭サマ」と呼ばれ、若手イケメン俳優として注目を集めました。
こちらへ駆け寄ってきてくれる柴田恭兵
— あさくら🐯 (@uhoho_iuhoho) February 17, 2025
(赤い嵐) pic.twitter.com/w3e55pPY9P
柴田恭兵さんの20代は、23歳で劇団に入り俳優デビュー、26歳でテレビ進出、28歳で主演・ブレイクと、年齢ごとに着実にステップアップし、俳優・歌手として多方面で活躍した飛躍の時代だったようですね。学生時代から志していた訳ではないですが、素質はあったんですね。

やっぱりイケメンですね。
柴田恭兵さんファンに聞いた、柴田恭兵さんの20代で印象に残っている出来事


ミュージカル『十月は黄昏の国』で舞台俳優としてデビューしたことです。ドラマ俳優としての印象が強かったので、最初は舞台俳優から入っていたんだと驚きました。(50代男性)

アウトローな雰囲気で映画界を躍進した姿がとても印象的ですね。舘ひろしさんとなんとなくライバル関係のようなイメージでした。(30代男性)

ミュージカル「十月は黄昏の国」でデビュー。ドラマや映画といった映像作品に出ているイメージが強かったから。(20代女性)
30代
柴田恭兵さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1986年(35歳):日本テレビ系ドラマ『あぶない刑事』に出演
- 1987年(36歳):『あぶない刑事』の人気を受け、映画版や続編が制作される
- 1989年(38歳):映画『べっぴんの町』に出演
1986年、35歳のときに日本テレビ系ドラマ『あぶない刑事』が放送開始。舘ひろしさんとコンビを組み、大下勇次役で大ブレイク。この作品は、柴田さんの代表作となり、ダンディズムとコミカルな演技で一世を風靡しました。
あぶない刑事43話脱線より
— かさろ (@kasarorw) April 9, 2025
発砲してきた男二人組をFUGITIVEの歌をバックに追いかけるシーン
これぞ、ユージ走り✨
あとこの回はユージが終始低い声のトーンで喋ってるのが好き😊 pic.twitter.com/txnGWhnfh4
1987年には『あぶない刑事』の人気を受け、映画版や続編が制作され、シリーズを通して大ヒット。翌年、NHK大河ドラマ『武田信玄』で上杉謙信役を熱演し、シリアスな時代劇でも高い評価を受けました。
映画『べっぴんの町』にて主演。横浜を舞台にしたハードボイルド作品で、柴田さんの代表的な映画出演作の一つです。また、主題歌「AGAIN」は柴田恭兵さんが歌っており、俳優活動と並行して歌手としても積極的に活動し、ヒットを記録しました。
柴田恭兵さんの30代は、「あぶない刑事」シリーズの続編や新たな主演ドラマ、映画、主題歌リリースと、柴田恭兵さんが多方面で活躍した充実の10年間でしたね。主題歌まで歌われていたのはびっくりだったので多忙な日々を送られてたのではないでしょうか。

大人の色気が出てきてますよね。
柴田恭兵さんファンに聞いた、柴田恭兵さんの30代で印象に残っている出来事


『あぶない刑事』に出演したことです。この作品に出演したことで爆発的な人気を得ましたし、今でも柴田恭兵といえばあぶない刑事っていうイメージが残っている程なこともあって印象に残っています。(50代男性)

あぶない刑事での活躍は本当に素晴らしいですね。胸がワクワクするアクションシーンを体当たりで演じていてたまりません。(30代男性)

「あぶない刑事」の放送がスタート。今年新しいシリーズが公開されたことで改めて注目されるようになったから。(20代女性)
40代
柴田恭兵さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。
- 1991年(41歳):映画『![ai-ou]』にて主演
- 1993年(42歳):テレビドラマ『はみだし刑事情熱系』がスタート
- 1997年(46歳):ドラマ『大人のキス』に出演
映画『![ai-ou]』にて主演。アウトローの青春を描いた作品で、第15回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞しています。40代に入る直前から「あぶない刑事」シリーズの映画化が続き、1990年代も映画・ドラマで同シリーズに出演し続けました。刑事ドラマの枠を超え、幅広い役柄に挑戦するようになっていきます
1993年、テレビドラマ『はみだし刑事情熱系』がスタート。主人公・高見兵吾役で主演し、シリーズ化されるほどの人気作となりました。『はみだし刑事』シリーズは、1996年から2004年まで長期にわたり放送され、柴田さんの代表作のひとつとなります。
はみだし刑事情熱系PART1第1話の中盤シーン!!
— 港署のボギー大下 (@r34hide1) April 6, 2025
恭兵さん演じる高見兵吾の「どういうことだよ、なぜそんなことしたんだ、どうして俺にすぐ連絡しないんだよ」と言いたくなる気持ちわかる!!
俺も最近仕事において納得できない体制が起きてまさに同じ気持ちだったよ!
このシーンカッコ良すぎだ😊 pic.twitter.com/jqV5swXhRu
『はみだし刑事情熱系』シリーズの主演を続けながら、他にも現代劇やヒューマンドラマなど多彩な作品に出演。1997年にはドラマ『大人のキス』などで石田純一さんと共演し、大人の男の魅力や人間味溢れる演技が話題となりました。歌手活動も継続し、ドラマ主題歌なども担当。
40代の柴田恭兵さんは刑事ドラマ以外にも、ホームドラマ、医療ドラマ、ミュージカル、映画など幅広いジャンルで活躍していました。それにしても「あぶない刑事」シリーズの人気は凄いですね。特に舘ひろしさんとの名コンビが忘れられません。

ダンディーさが出てますます大人の色気が出てます。
柴田恭兵さんファンに聞いた、柴田恭兵さんの40代で印象に残っている出来事


「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」に出演するようになったことです。すでにバラエティ番組には出演されていましたけど、とんねるずさん達との絡みが面白くて印象的でした。(50代男性)

ハードボイルドな芝居が本当にうまくてこの頃には本当に格好いい俳優の代名詞になっていたかと思います。演技に味を感じられます。(30代男性)

「はみだし刑事情熱系」が人気を博す。あぶない刑事然り、刑事ドラマは柴田さんの本領が発揮されるジャンルなんだろうなと思ったから。(20代女性)
柴田恭兵の若い頃の髪型は爽やかショートヘア

柴田恭兵さんの若い頃の髪型といえば、短めで爽やか、自然なウェーブがあり、スポーティかつ男らしい印象な髪型を思い出す方も多いのではないでしょうか。
代表作『あぶない刑事』の大下勇次役では、前髪をやや立ち上げて全体にボリュームを持たせ、サイドと後ろを短く整えた“ナチュラルなショートヘア”が定番でした。ちょっとワイルド、だけど爽やかな何とも言えないバランスをカッコよく決められてて素敵です。
しつこいようだけど、若い頃の柴田恭兵、ヤバくないですか…? pic.twitter.com/Q3a0LSfwUi
— マスチ (@mofuko960201) July 25, 2024
1980年代はパーマやボリュームのあるヘアスタイルが男女ともに流行し、男性も自然なウェーブや動きのあるショートヘアが人気でした。一方、リーゼントやテクノカット、ツーブロックなども流行していましたが、柴田さんの髪型はそれらよりもナチュラルで爽やかなイメージが強く、清潔感やスポーティさを重視したスタイルでした。そのため、アクションやスポーツシーンが多い役柄にもマッチし、本人のキャラクターや時代の空気感とも合致していたのではないでしょうか。

若い時からカッコいいですね。
まとめ

今回は、柴田恭兵さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!
これからの活動も頑張ってほしいと思います。