奥田民生の若い頃の画像がイケメンでかわいい!昔の髪型やファッションがヤバい?

ミュージシャンとして活躍する奥田民生さん。

若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。

さっそく、奥田民生さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

目次

奥田民生のデビューのきっかけや時期は?

デビューのきっかけや時期

奥田民生さんのデビューやきっかけは、広島県で結成されたロックバンド、ユニコーンのメンバーに入ったことから始まります。

結成わずか3ヵ月でCBS・ソニーのオーディションに合格し、ユニコーンのボーカルとして22歳でデビューしました。

バンドブームが盛り上がっていた当時、たくさんのバンドの中でもすでにオンリーワンの才能を発揮していたのかもしれません。

ねこ太郎

結成の翌年にはデビューとはすごい!

奥田民生の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

奥田民生さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。

幼少期

自宅にビクターの一体型ステレオがあり、様々な音楽に触れる機会があったという奥田民生さん。

エルヴィス・プレスリーと西城秀樹さんのファンだった母の影響で、アメリカンポップスや歌謡曲、演歌など、幅広いジャンルの音楽を聴いて育ったそうです。

ねこ太郎

小さい頃にいろんな曲を聴いていたことで、才能が開花したのかもしれないね!

10代

奥田民生さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1975年(10歳):親戚から贈られたカットギターに夢中になる
  • 1983年(18歳):中学生からバンドを組んで、高校生でボーカルに
  • 1984年(19歳):アイドルグループ息子っ子クラブのオーディションを受けるも、落選

ギターを贈られた当時は、歌本を見てコード進行を覚え、西城秀樹さん、ビートルズの曲をコピーしていました。西城秀樹さんとは同じ小中学校で、個性的なボーカルで、憧れの存在だったそうです。

今や日本ではボーカルとして有名な奥田民生さんですが、中学生から始めたバンドでは、大好きなビートルズの影響もあってかなんとサイドギターでハモリをしていたそうです。

ちなみに、高校時代はアーチェリー部に所属し、県の新人戦で優勝したという意外な経歴を持っています。

卒業後、コンピューターの専門学校に通い始めるものの後に退学。

その後、おニャン子クラブの男性版アイドルとしてデビューした、息子っ子クラブのオーディションを受けるも落選したという意外な経歴も持っています。その中には、織田裕二さんやつんく♂さんも参加されていたとのこと。

音楽に囲まれた10代を過ごしていた奥田民生さん。ここで音楽キャリアの基礎が形成されて、その後の音楽活動に大きく影響されていったのかもしれません。

ねこ太郎

感受性豊かな10代に、多様なジャンルの歌手から刺激を受けたんだね!

奥田民生さんファンに聞いた、奥田民生さんの10代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

高校時代にアーチェリー部に入り、県の新人戦で優勝したことです。アーチェリーがそんなに得意だったとは思わず、驚きました。(50代男性)

ネット上の人物

ビートルズの大ファンというエビソードを聞いてなんだか親近感が湧きましたね。やっぱりビートルズはスターで天才の心も動かすんですね。(30代男性)

ネット上の人物

アイドルグループ「息っ子クラブ」のオーディションに参加。アイドルとバンドマンは正反対なイメージだから。(20代女性)

20代

奥田民生さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1987年(22歳):ユニコーンのボーカルとしてメジャーデビュー
  • 1989年(24歳):『大迷惑』『働く男』『すばらしい日々』などのヒット曲をリリース
  • 1993年(28歳):ユニコーン解散 翌年からソロ活動開始

地元広島県で結成されたユニコーン。奥田民生さんは、リーダー川西幸一さんと手島いさむさんに誘われ加入。なんと、結成わずか3ヵ月でCBS・ソニーのオーディションに合格し、翌年には1stアルバム『BOOM』でメジャーデビューを果たしました。

デビューから2年後、『大迷惑』の大ヒットをきっかけにブレイク。その後は、第32回日本レコード大賞アルバム賞を受賞し、さまざまなジャンルの音楽や斬新で奇抜な歌詞を組み立て、独自の音楽性を築き上げました。

大成功を収めていたユニコーンですが、1993年、解散が発表されます。音楽性の違い、将来の方向性の不一致が主な原因だったようです。突然の解散発表で、ファンの間では様々な憶測が飛び大きな失望感を感じたそうです。

20代でユニコーンのメンバーとして大活躍していた奥田民生さん。数々の雑誌の表紙を飾り、テレビ出演も多数という大変な人気の中の突然の解散。当時のファンの気持ちを思うと、喪失感でいっぱいだったかもしれません。

ねこ太郎

本当に人気がすごかったんだね!

奥田民生さんファンに聞いた、奥田民生さんの20代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

ユニコーンにボーカルとして加入したことです。その後の活躍からユニコーンの奥田民生とまで感じるほどでしたし、これが奥田さんのメジャーデビューの転機になったんだなと印象に残りました。(50代男性)

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ユニコーンのボーカルとして参加していたことを知り驚きました。正直ソロのイメージしかなかったのですごく新鮮です。(30代男性)

ネット上の人物

ロックバンド「ユニコーン」に加入。もはやユニコーンの顔なので、てっきり奥田さんが中心となって集まったバンドだと思っていたから。(20代女性)

30代

奥田民生さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1995年(30歳):ソロ活動が本格化
  • 1996年(31歳):PUFFYをプロデュースし、大ヒットに
  • 1997年(32歳):井上陽水さんとコラボし、「ありがとう」リリース

ユニコーン解散後、ソロ活動を続けます。『あいのために』はミリオンセラーを突破し、その後も曲をリリースし、ソロアーティストとして活躍しました。

奥田民生さんはプロデュース業にも乗り出します。同じ事務所だったPUFFYのプロデュースし、デビュー曲「アジアの純真」、2枚目のシングル「これが私生きる道」が共にミリオンセラーを突破する快挙でした。

「アジアの純真」の作詞を務めた井上陽水さんと「ありがとう」をコラボしてリリースします。オリコンチャート最高10位、10週間チャートインし、ビールのCMにも起用されました。

ソロ活動にプロデューサー、コラボレーションユニットでデビューなど音楽活動の幅をさらに広げ、アーティストとしても大きく進化した30代だったのではないでしょうか。

ねこ太郎

本当に多才だね!

奥田民生さんファンに聞いた、奥田民生さんの30代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
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女性デュオ「PUFFY」をデビューさせたことです。PUFFYは当時大ヒットしましたし、音楽プロデューサーとしての才能もすごくある人なんだと驚きました。(50代男性)

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ソロ活動が一番印象深いですね。やっぱり愛のためにが一番好きな曲ですね。こんなメロディを作れるなんて民生さんは天才です。(30代男性)

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女性デュオ「PUFFY」をプロデュース。奥田民生さんがプロデューサーであることを知らなかったけど、改めて考えると力の抜けた感じが確かに奥田さん節が効いていてめちゃくちゃ納得したから。(20代女性)

40代

奥田民生さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 2007年(41歳):ユニット「井上陽水奥田民生」を結成
  • 2009年(43歳):ユニコーンが再結成
  • 2015年(50歳):自身のレーベル「ラーメンカレーミュージックレコード」を立ち上げる

1997年のコラボ以来、井上陽水さんとのユニットが再始動しました。井上陽水さんとの共作経験が、自身の音楽キャリアに大きな影響を与えたと奥田民生さん本人が語っていたようです。

奥田民生さんが43歳の時、ユニコーンが再結成されました。ファンが待ち望んでいた再結成が叶い、再結成後のシングル「WAO!」はオリコン3位、ライブツアーは軒並みSOLDOUTをとなり、休止期間を感じさせない人気を保っていました。

40代後半、自身のレーベルを立ち上げようと活動し、50歳の誕生日に新たに「ラーメンカレーミュージックレコード」が設立され、より自由な音楽表現や新たな発信方法で音楽活動を続けられています。

何といってもユニコーン再結成に大きな話題性があったのではないでしょうか。再結成は、昔からのファンだけではなく、当時の若い世代も支持していたようです。奥田民生さんの作る音楽が、世代を超えて愛されていたということかもしれませんね。

ねこ太郎

16年の時を超えての再結成はすごい!

奥田民生さんファンに聞いた、奥田民生さんの40代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
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ユニコーン活動再開したことです。ユニコーン解散後も活躍してきた奥田さんですけど、私的にはユニコーンの奥田さんというイメージが強いのでユニコーン復活だ!と印象に残りました。(50代男性)

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井上陽水さんとコラボが印象的ですね。やっぱり二人の声が本当にマッチしているので聴いていて心地よいです。(30代男性)

ネット上の人物

「ユニコーン」が復活。ファンが多いバンドだからこそ、復活の知らせにめちゃくちゃ盛り上がっていたから。(20代女性)

奥田民生の若い頃の髪型はパーマではない?!

奥田民生さんの現在の髪型といえば、パーマを思い出す方も多いのではないでしょうか。

最近は、奥田民生さんといえば、パーマの印象がだいぶ定着してきましたね。井上陽水さんへの憧れなのでは?と一部でささやかれているようです。

しかし、若い頃の髪型は、全く印象が違います

ねこ太郎

若い頃もイケメン!

まとめ

まとめ

今回は、奥田民生さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

ねこ太郎

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!

これからの活動も頑張ってほしいと思います。

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