草刈正雄の若い頃の画像がイケメンすぎる!資生堂のCMの写真が衝撃!

俳優・モデルとして活躍する草刈正雄さん。

若い頃どんな風貌だったのかや、年代ごとにどんなできごとがあったのか気になるかたも多いと思います。

さっそく、草刈正雄さんの若い頃の写真やできごと、デビューのきっかけを年代順に振り返ってみましょう。

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目次

草刈正雄のデビューのきっかけや時期は?

デビューのきっかけや時期

草刈正雄さんがデビューをした背景にあったのは、経済的理由が大きいようです。

裕福とは言えない母子家庭で育った草刈正雄さんは、幼い頃から牛乳の配達や新聞配達をして家計を助けていました。

16歳の時、アルバイトで働いていたスナックのマスターに、

「草刈正雄さんのほどの容姿があれば、モデルとしてもっと稼ぐことができる」

と声をかけられたことがきっかけで、モデルとしての道に進むことを決意したそうです。

当時していた昼職のお給料が約1万9000円だったのに対し、モデルのお給料は5万円。

経済的な悩みから抜け出したいと思っていた草刈正雄さんには、これ以上ないお話ですよね。

「だから、経済的なことで行く気になったんです。モデルの仕事でどういうことをやるのかを分かってなかったので、とにかく5万円ってでてきました。それが今やらせてもらっているのは本当にありがたいことです」と芸能界入りのきっかけを明かした。

引用元:スポニチ

その後、福岡のファッションショーを見に行った際にスカウトされ上京することになりました。

ねこ太郎

家計のために絶好の機会に挑戦することを決めたなんて、かっこいいね!

草刈正雄の幼少期は?若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返り

草刈正雄さんの幼少期のエピソードや、若い頃の活躍やできごとを年代順に振り返っていきます。

幼少期

米国人の父と日本人の母との間に生まれた草刈正雄さん。

父親は草刈さんが生まれる前に本国に帰国したため、母子家庭で厳しくも愛情をもって育てられました。

「バービー」という愛称で呼ばれていて、幼い頃はとてもやんちゃな男の子だったそう。

いたずらをしては、近所の人から「家についないでおいて」言われたり、先生からは「もう学校に来させないで」と言われたりしたそうです。

ただ、いたずらっ子だった草刈さんも厳しいお母さんのことは怖かったようで、後年のインタビューでも「おっかなかったな」と当時を振り返っています。

当時はハーフの子どもが珍しかったようなので、端正なルックスとやんちゃな性格な草刈正雄さんは、きっと人気者だったでしょうね!

ねこ太郎

お母さんを怖がるのは、いつの時代も同じなのかな?なんだか親近感がわくね!

10代

草刈正雄の若い頃の10代の年表
草刈正雄の若い頃の10代の年表

草刈正雄さんが10代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1969年(17歳):モデルになるために上京
  • 1970年(18歳):資生堂の男性化粧品『MG5』のモデルとしてデビュー・CM出演を果たす
  • 1971年(19歳):『資生堂・サンデーヒットパレード』で和田アキ子らと司会を務める

17歳の時勇んで上京したは良いものの、草刈さんにとってモデルは未知の世界。

上手くこなすには時間がかり、カメラマンの指示にも上手く対応できず・・・「モデルはむいていないかも」と思っていたようです。

転機となったのが、18歳の時に出演した、資生堂男性化粧品のCM『MG5』でした。

当時、多くの資生堂CMを手掛けていたディレクターの目に留まり、草刈さんが大抜擢されたのです。

これがそのCMです。目を疑うほどのイケメンで、採用されるのも納得ですよね!

このCMは全国放送だったので、人気に火が付き、音楽番組『資生堂・サンデーヒットパレード』でも司会を務めたそうですよ。

端正な顔立ちの草刈正雄さん、魅力的すぎて、今にもファンになってしまいそうです!

ねこ太郎

今でも渋くて素敵だけど、10代の頃はハリウッドスターのようにかっこいいね!

草刈正雄さんファンに聞いた、草刈正雄さんの10代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

資生堂の専属モデルからデビューしているということは知っていたのですが、本当に当時の映像を見るとめちゃくちゃイケメンで驚きますね。(30代男性)

ネット上の人物

顔がイケメン過ぎて人気だった印象が強い。今でも当時の面影のある日本人離れの堀の深い顔立ちがすてきだから。(20代女性)

ネット上の人物

資生堂の専属モデルとしてデビューしているのですがこの当時のお顔をテレビで見たことがあったのですが本当に掘りが深くて格好良かったですね。まだ初々しい感じが魅力的でした。(30代男性)

20代

草刈正雄の若い頃の20代の年表
草刈正雄の若い頃の20代の年表

草刈正雄さんが20代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1974年(22歳):映画『卑弥呼』で俳優デビュー
  • 1977年(25歳):『華麗なる刑事』で主演、
            自身で挿入歌を担当した『センチメンタル・シティー』はオリコン年間77位のヒット
  • 1978年(26歳):『十字路』に出演、コメディの楽しさに目覚める

草刈正雄さんは22歳で映画『卑弥呼』に出演し、卑弥呼の弟役でスクリーンデビュー。俳優としてのキャリアの出発点となりました。

25歳の時には『華麗なる刑事』でロサンゼルス市警での研修を受けて帰国したイケメン刑事を演じ、話題に。

演技に対しては賛否両論あったようですが、挿入歌『センチメンタル・シティー』も大ヒットし、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったといいます。

その後も2枚目どころを演じてきた草刈正雄さんの転機となったのが、26歳の時に出演したドラマ『十字路』でした。

軽薄な男性を演じるうちに、「『ちょっとずっこけた感じ』を演じるのが楽しくなった」とのちに語っており、コメディに目覚めた重要な作品です。

20代の草刈正雄さんは、堀の深い端正な顔立ちと甘い声で、大人気だったのも納得です!

ねこ太郎

草刈さんには「ハンサム」っていう言葉がぴったり!

草刈正雄さんファンに聞いた、草刈正雄さんの20代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

華麗なる刑事という作品を何かの特集で見たことがありました。外国人のような風貌で事件を解決しているのが本当に格好良かったですね。(30代男性)

ネット上の人物

海外経験のある役柄などをこなせていたイメージ。顔立ちもきれいなので、イメージにぴったりだと思うから。(20代女性)

ネット上の人物

卑弥呼という映画を見たことがあったのですが、そこでの草刈さんはこれが映画デビューだったので、かなりぎこちなさがありました。ですがその後他作品で演技力が向上していたので演技の才能はあったのでしょう。(30代男性)

30代

草刈正雄の若い頃の30代の年表
草刈正雄の若い頃の30代の年表

草刈正雄さんが30代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1982年(30歳):映画『汚れた英雄』で主演を務める
  • 1984年(32歳):舞台『ドラキュラその愛』に出演、初めての舞台作品の出演を果たす
  • 1988年(36歳):モデルの大塚悦子さんと結婚

30歳の時に出演した『汚れた英雄』では、圧倒的なビジュアルを武器に上流階級の女性から援助を受け、命がけでレースに臨む一匹狼のライダーを演じました。

ご本人が「自分から出たいと思った初めての作品」と語っており、出演が決まってから中型免許を取得するなど、並々ならぬ思いで撮影に臨んだようです。

『汚れた英雄』で人気絶頂を迎えた草刈正雄さんでしたが、その後俳優として大きな壁にぶつかることになります。

ドラマや映画のオファーが徐々に減り、来たとしても2番手、3番手、4番手の役ばかり。

主演ばかり務めてきた草刈さんにとって現実はあまりに厳しく、俳優を辞めようと思ったこともあったと言います。

これまでは重要なシーンで自分にズームアップしていたカメラが、スーッと横を通り過ぎて主演俳優の方へと近づいてゆく。それを目の当たりにして、さすがに寂しい思いをすることは多々ありましたね。

引用元:デイリー新調

そこで諦めなかったのは、昔の貧しい生活に戻りたくなかったからのようです。そんな時、必死で食らいつく草刈さんに手を差し伸べてくれたのが、女優の鷲尾文子さんでした。

鷲尾さんに舞台に出演することをすすめられ、32歳の時に『ドラキュラその愛』で初めて舞台に立つことになります。

観客の前で「生」で演じる舞台に恐怖を感じていたものの、徐々に楽しさを知り、その後は舞台にも重きを置くようになっていきました。

36歳の時にはモデルの大塚悦子さんと結婚し、その後3人のお子さんに恵まれたそうです。

若さと端正な顔立ちを武器に駆け抜けた20代までとは違い、30代で自分の価値を問われることになった草刈さん。必死に努力して自分が生きる道を切り開こうとする姿が、本当にかっこいいですね!

ねこ太郎

この30代の苦労が晩年の活躍につながるんだね!

草刈正雄さんファンに聞いた、草刈正雄さんの30代で印象に残っている出来事

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ネット上の人物

男と女のミステリーというフジテレビのドラマがかなり印象的でした。内容も面白かったのですが草刈正雄さんの色気が本当にすごくて再放送してほしいくらいです。(30代男性)

ネット上の人物

真田幸村という役柄など、難しい役を務めていたイメージ。二枚目としてだけでなく、しぶさがにじみ出ていると思うから。(20代女性)

ネット上の人物

大河ドラマの花の乱がとても印象的ですね。今までいい人の役柄ばかり見ていたのでここで悪役に手を出して新たな姿を見ることができて本当に素晴らしかったです。(30代男性)

40代

草刈正雄の若い頃の40代の年表
草刈正雄の若い頃の40代の年表

草刈正雄さんが40代の頃の代表的なできごとはこちらです。

  • 1994年(42歳):大河ドラマ『花の乱』で悪役を好演
  • 1996年(44歳):『イグアナの娘』で父親役を演じる
  • 1997年(45歳):舞台『マイ・フェア・レディ』でヒギンズ教授を演じる

42歳の時は、大河ドラマ『花の乱』で、己のために手段を選ばない悪人・日野勝光役を熱演。この作品を皮切りに、悪役としても様々な作品に出演することになりました。

一方、『イグアナの娘』では、ヒロインの父を演じるなど、名脇役として着実にキャリアを積んでいきます。娘に愛情を注ぐ優しい父親の姿が、とても印象的ですね!

40代の頃は、上記のように数々のドラマに出演する傍ら、年に1〜2本は舞台に出ていたという草刈さん。

45歳の時には、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』でヒロインを支える重要な役どころのヒギンズ教授を演じました。

30代でのスランプを見事に乗り越え、数々の作品において、視聴者をうならせる存在感を示す姿に大感動です!

ねこ太郎

悪役と父親役の草刈さん、別人にしか見えないよね!

草刈正雄さんファンに聞いた、草刈正雄さんの40代で印象に残っている出来事

アンケート調査結果
ネット上の人物

イグアナの娘のお父さん役がとても印象的ですね。この役柄の優しさに満ち溢れた姿が忘れられません。本当に愛情深い感じでかなり格好良かったですね。(30代男性)

ネット上の人物

父親というプライベートでの立ち位置もあいまって、父親役などの印象が強い。実際にお子さんが多いと思うので、父としての顔をみることができるから。(20代女性)

ネット上の人物

やっぱり古畑任三郎は外せませんね。彼が演じた役の中でこれが一番好きです。飄々とした雰囲気がとても犯人役にあっていて何度もこのエピソードは見てしまっています。(30代男性)

草刈正雄の若い頃の髪型は、ウエーブが印象的なセミロング!

草刈正雄さんの若い頃の髪型といえば、ウエーブが掛かったセミロングを思い出す方も多いのではないでしょうか。

長めの前髪・セミロングで重ためのヘアスタイルなので一見野暮ったく見えそうですが、草刈さんは堀が深いハーフの顔立ちが更に際立ち、とても似合っていますよね!

当時は、ロングヘアーやウルフカットがトレンドだったそうなので、草刈正雄さんはトレンドを取り入れ、世の中の女性たちを虜にしていたようですね。

ねこ太郎

アンニュイな雰囲気がとってもお似合いだね!

まとめ

まとめ

今回は、草刈正雄さんの若い頃の活躍や出来事を、画像とともに振り返りました。

ねこ太郎

年代ごとに印象深い出来事がたくさんあったね!

これからの活動も頑張ってほしいと思います。

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